第5話 みんな餌付けされてばかり
「これ、おいしい」
「そうか。まだまだたくさんあるから、いっぱい食べろ」
「ありがとう」
ニコニコと笑いながら食べる姿は、もっと食べさせたくなる魅力があった。
俺は冷蔵庫の中から昨日の残りを取り出し、テーブルの上に並べた。
「昨日の残りでも良かったら、これも食べてくれ」
「ん。これもおいしい」
基本的には無表情がデフォルトのはずなのに、食欲が満たされているからか、表情がいつもよりずっと緩い。
見ていて清々しい食べっぷりだから、俺も思わず料理を出してしまう。
冷蔵庫の中の食材がほとんど尽きてしまった頃、ようやく満足したみたいで、箸がテーブルの上に置かれる。
「腹いっぱいになったか?」
「ん。ひさしぶりにいっぱいになった」
お腹をさする姿も、先ほどの時よりも違って幸せそうだ。
「何であんなところにいたんだ?」
食後のお茶を出すと、息を吹きかけて冷ましている。
猫舌なのは知っているが、ここで温めのお茶を出したら、何で知っているのだと言われる可能性があった。
だからあえて熱めに入れたのだが、特に気にしている様子はない。
ある程度冷めたお茶を一口飲むと、ほっと息を吐いて俺を見てくる。
「きのうのよるここについたんだけど、あいてなかったからまってた」
「……昨日の夜って、いつからだ?」
「んー、わからない。くらかった」
「そうか。暗かったか」
俺が気づかなかったのが悪いのか、一応ついているインターホンを鳴らさなかったのが悪かったのか、一晩あそこにいたらしい。
風邪を引くような気温じゃなかったから良かったけど、これで体調でも悪くされたら申し訳なさでいっぱいになったはずだ。
「気づかなくて悪かったな。寒くなかったか?」
「だいじょうぶ。でもおなかへった」
「そうかお腹が減ったのか。それは悪かったな」
俺は謝罪の意味も込めて、ポンポンと頭を叩くように撫でた。
嫌がられるかと思ったが、受けいれるようにふにゃりと笑った。
「おいしいごはんたべたからまんぞく」
「満足なら良かった」
これで、店の方に被害を出さずに済むだろう。
今はゆるゆるとしているが、自分の機嫌のままに動くから、少しでも気に食わないことがあると暴れて手がつけられなくなる。
扱いには細心の注意が必要。
暴れ始めたら、本人が満足するまで終わらない。
そんな地雷に近い存在だったが、俺はその様子を見たことはほぼ無かった。
話に聞いただけで、どのタイミングで切れるのかは知らない。
だから別に意識したわけじゃないけど、それを止めることが出来て助かった。
「この店に用があったのか?」
「そう」
「どんな用だ?」
「んー、それは……」
「千種さん! おはようございます! って、
ここに来た目的を言おうとしていたところを、榛原が元気よく入ってきた。
そして部屋に先にいた人の顔を見て、驚いた声を上げる。
「え、えーっと、何でここに?」
顔がとてつもなく引きつり、本気で嫌そうな表情を浮かべている。
「ここにきたらわるいか?」
「い、いえ。全く悪く無いです。でも、どうして来たのかなって」
「あれ、二人は知り合いなのか?」
知り合いというのは知っている。
でも今の段階で俺は知っているわけじゃないので、わざわざ会話の間に入って聞いた。
「えーっと、そうですね。知り合いというかなんというか……」
歯切れの悪い言葉は、榛原の方が四万よりも立場が弱いからだろう。
俺に気づかれないように、殺気を飛ばしているようだが、肌がぴりつくのを感じる。
むやみに人に威嚇するなと言っていたはずだが、随分と前のことだから忘れてしまったのかもしれない。
「えっと、四万というのか。俺は千種だ。よろしくな」
「ちくさ……よろしく」
今、名前が分かった風を装って、俺は手を差し出した。
その手を見つめていた四万は、ちゃんと手を握ってきた。
榛原が驚いているが、まだ四万がここにいる衝撃から抜け出せていないのかもしれない。
「千種さん! もしかして、ご飯作ったんですか?」
「そうだけど……悪い、今冷蔵庫に食材が無いから、買ってきてからじゃないと作れない」
「いや、それは俺が買ってきます! 俺が言いたいのは、そっちじゃなくて」
「おい、はいばら」
「は、はい!」
「おまえ、このひとにしょくじをつくってもらったのか」
「えーっと、それは……」
視線をうろうろとさ迷わせて、榛原は引きつった笑みを浮かべた。
可哀想なぐらい汗をかいているから、俺は助け舟を出す。
「店を手伝ってもらうお礼に、食事を作っているんだ。こっちはとても助かっている」
「……へえ」
おかしいな。
四万の周りの空気が、冷たいものになった。
榛原にいたっては頭を抱えているから、俺の言葉は助け舟にはならなかったようだ。
「……ちくさ」
「なんだ?」
「おれもみせをてつだうから。ごはんつくって?」
通常時二メートル近い体格も、少し丸まりながら座っているせいか、威圧感がほとんどない。
位置関係的に自然と上目遣いになっていて、俺の弱点を的確についている。
「榛原にも言っているけど、ちゃんとした給料は出せないぞ?」
「ごはんをつくってくれるなら、それでいい」
「食事だって簡単なものしか作れない」
「ちくさのごはん、おいしい。こんど、ざいりょうをもってくるから、はんばーぐつくって?」
「分かったよ、ハンバーグだな。俺なんかが作ったものでもいいのなら、いくらでも作ってやる」
「やったあ」
榛原の分を作ることもあるのだ。今更一人増えても、手間は変わらない。
「……嘘だ」
無邪気に笑う四万の頭を撫でていれば、榛原が信じらないものを見る目を向けてきた。
四万は特に気にしていないから、俺も知らないふりをした。
とりあえず、店にあるレシピ本をもっと見る必要がありそうだ。
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