第4話 新たな人物はトラブルの種?
榛原が手伝いに来るようになってから、数カ月の月日が経った。
大分店の手伝いに慣れてきたようで、今では俺より客の対応が上手になっている。
イケメンだからか、店に来る客の女性割合が年齢問わず高くなった。
そういう冷やかしに近いのにも、本を一冊は必ず買わせるのだから、かなり商売上手だ。
俺としても助かっていて、気が付けばなくてはならない存在になっていた。
♢♢♢
「千種さんは、どうしてここにいるんですか?」
「んあ? 急にどうした?」
「だって、そんな格好をしているけど若いですよね。俺よりも少し上なぐらい? それなのに、言ったら悪いですけど、こんなところで働いているなんて何かあったのかなって思って……」
今日も今日とて店に手伝いに来た榛原は、本棚を整理しながら何気なく聞いてきた。
俺はすぐに、とうとうその質問が来てしまったかと思った。
見た目不審者でも一緒にいれば、大体の年齢は分かってくる。
食事の際だけだが、居住スペースに入ることも許しているのだ。家探ししていなくても、その間に俺の情報を得ることは容易い。
いつかは聞かれるかもしれない覚悟は出来ていたが、実際に聞かれると緊張する。
でもそんな態度を顔には出さないようにして、榛原と視線を合わせた。
「ここの前の主人に、お世話になったんだよ」
これは嘘じゃない。
行くあてもなくここにたどり着いた俺は、少し休憩しようと店の前で座っていた。
格好もボロボロ、いつ追いかけられるかという恐怖から警戒心マックスだった俺は、今と同じぐらい不審者だった。
警察に通報されてもおかしくなかったのに、俺に気づいた前の店主はそんなことはしなかった。
ぐったりとしていた俺の頭を拳で殴り、そして店の中に引きずり込んだのだ。
抵抗する気力もなく、そのまま中に入った俺を待っていたのは、温かい食事だった。
どう考えても面倒ごとの臭いしかしないのに、腹を空かせているだろうと、わざわざ用意してくれた。
満身創痍だったけど、腹が空いていたから良い匂いに引き寄せられるように、用意してもらったご飯を食べた。
最初は少しずつ、どんどん手が止まらなくなって、気が付けばお代わりまでしてしまった。
そんな俺を近くで見ていたのだが、食べ終わると同時に言われた。
「この店で働かないか?」
と。
今考えても何の脈略も無い提案に、気が付けば素直にうなずいていた。
それから居住スペースに一緒に住むようになり、店の仕事をするようになった。
何度も怒られたり、喧嘩をしたこともあったけど、全ての思い出が温かいもので満ち溢れている。
店主は自分はもう老人になったと言って、さっさと俺に店を継がせると、自分は世界一周の旅に行った。
一応連絡はあるけど、ハガキ一枚だけだし書いてある内容も支離滅裂だ。
沖縄でハブとマングースと戦ったと書いてあった時は、どこかで頭でも打ったんじゃないかと本気で心配した。
元気ではやっているみたいだから、俺は任されたこの店を帰ってくるまで守ろうと思う。
そんな経緯があり、俺はこの店で働いている。
それを一言でまとめれば、榛原は納得したようにうなずいた。
「千種さんは恩返しをしているわけですね!」
「まあ、そんなところだ」
「その気持ち分かります! 俺もある人に助けられたことがあるんです!」
「助けられた、ね」
「はい! 自分で言うのもなんですけど、昔ヤンチャしていて……でもその人のおかげで、底辺には落ちずに済んだんですよ」
自意識過剰なわけじゃないが、たぶんそれは俺のことだろう。
榛原は最初に会った頃、色々な意味で元気だった。
誰彼構わず喧嘩を売って、手がつけられなかった。
でも俺にはその目が寂しそうに見え、嫌がられても構いまくった。
それはもう、仲間達に後から聞いた話では、その構い方は幼児やペットに向けるようなものだったらしい。
どんなことをしても構い続けた俺に、榛原が先に折れた。
これ以上構われ続けたら頭がおかしくなると言っていたが、その顔は嬉しそうに緩んでいた。
隠せない表情に、俺の方も嬉しくなって頭を撫でた。
他の奴等がうるさかったけど、俺のお気に入りになった榛原はチームの中でも上の立ち位置になった。
ほとんど毎日一緒にいて、俺が逃げる前日も真っ先に酔わせて潰した。
変に勘が鋭く、そして俺に関することになると加減を知らなくなるので、面倒だと判断したからである。
「もしかして最初に写真を見せてくれた、探しているっていう人か?」
「はい! そうです!」
――やっぱりか。
勢いの良い返事に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「そうか……早く見つかるといいな」
俺がここにいる限り、絶対に見つかることは無い。
それでも可哀想に思って、慰めの言葉をかけた。
バレるわけにはいかないのに、なんて偽善的なんだろう。
「はい。絶対に見つけます」
決意のこもった目に、俺は何も声をかけることが出来なかった。
♢♢♢
何かいる。
店を開けようとした俺は、扉の前に人影があるのに気が付いた。
店の中からでは、すりガラスになっているせいで影しか見えなかったのだが、座っているにしても随分と大きい。
トラブルの気配に、俺は今日は休業しようかと一瞬思った。
でも気づいているのに閉めたままにしていたら、近所の連中がうるさい。
とにかく、最低限の対応をする必要がある。
俺は大きく息を吐いて扉を開けた。
扉は建付けが悪くて、開けるのに一苦労する。
何度もつっかえながら、いつもぐらいの幅を確保すれば視線が合った。
やっぱり、座ったままでも随分と大きい。
動物に例えたらクマだ。
そして俺は、その姿に見覚えがった。
「えーっと、いらっしゃいませ?」
店の前にいたのだから客の可能性があると、挨拶をすれば眉を下げられた。
図体がでかいのにも関わらず、そのしぐさはどこか可愛らしさがある。
何を言おうとしているのかと見ていれば、お腹を押さえて聞き取れるギリギリのレベルの大きさで呟いた。
「……おなか、すいた……」
その言葉に中へと入れた俺は、決して間違っていないはずだ。
たとえそれが、昔のチームの一員だったとしてもである。
空腹に罪はない。
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