第3話 なんだか懐かれています





「千種さん。この本はいくらですか?」

「それか? それは百、二百……三千円だな」

「いつも思いますけど、千種さんいい加減ですよね」

「そんなもんだろ」


 どうしてこうなった。

 俺はいつものところに座りながら、榛原に聞こえないように小さく息を吐いた。





 俺だとはバレずに済んだのだが、また来ると言った言葉は社交辞令じゃなかったらしい。

 次の日に来た時は、思わず何しに来たんだと聞いてしまった。

 そう言った途端、物凄く悲しそうな顔をされたから、すぐにフォローせざるを得なかった。


 どんな話をしたか分からないが、いつの間にか店の手伝いをしてもらうことになっていた。

 バイト代はいらないと言ってきたけど、さすがにそれはマズいから、手伝ってもらったお礼に飯を作ることにした。

 その約束をしてから気づいた。

 飯なんて振るまっていたら、バレる可能性が高くなるんじゃないかと。

 でも取り消すには、榛原の喜びようが凄まじかったので出来なかった。


 こんな見た目不審者の男の手料理なんて、気持ち悪くて食べられないんじゃないのか、普通。

 考え方が違うのだろうかと自分を納得させたが、それにしても限度というものはある。


 そんなに凝ったものを作っていないのに関わらず、嬉しそうに食べる姿を見て罪悪感が湧いてきた。

 柄にもなく店にある料理本に目を通すようになったぐらいには、ほだされているのを感じている。

 昔から榛原のことは気に入っていたのだ。

 こういう性格が忠犬っぽいのを、可愛がりたくなる性分なのは自覚していた。


 バレないために丁寧な対応をしていたのに、気が緩んだ時にいつもの口調が出てしまった。

 それを聞かれて、敬語を使わないでくれと頼まれ受け入れるぐらいには、甘くなっている自覚もある。


 仕事もすぐに覚えて、俺のしてほしいことを何も言わなくても察するから、とても優秀なのだ。

 アルバイトとしては完全に当たりな分、報酬を食事だけというところが、段々と申し訳なくなってきた。


「榛原、ここに来る以外は何しているんだ?」


 本の値段を付けている姿を見ながら、疑問に思ったから聞けば、こちらを見て顔を輝かせる。


「はい! 働いています!」


 質問をされたことが嬉しかったのか、本を持ちながらこちらに駆け寄ってきて、大きな声で答えた。

 あまりに簡潔な答えすぎて、俺が知りたかった内容が入っていない。

 そんな馬鹿っぽいところも可愛いく見えてしまうのだから、俺も大概おかしくなっている。


「どんなところで働いているんだ? ここに頻繁に来て平気なのか?」


 最近よく考えているのだが働いているのだとしたら、ここで油を売っていてはまずいのではないだろうか。

 ほとんど毎日、ほぼ一日中、店に来て手伝っている。

 普通の会社だったら、クビになるレベルだ。

 さすがに心配になって来て、来る頻度を少なくした方が良いと言おうとしたのだが。


「大丈夫です! 仕事の方もちゃんとやっていますから! ここにいることも許可を得ていますよ!」

「許可を得ているのなら良いが。もし無理しているようだったら、言ってくれてもいいんだからな」

「……俺、邪魔ですか?」

「そんなこと言ってないだろ」


 それとなく来るのが大変なら頻度を減らすように言おうとしたら、勝手に見当違いな判断をして涙目になった。


「俺は好きでここに来ているんです。無理なんかしていません。でも千種さんが俺が邪魔だって言うのなら……来るのを止めます」

「泣くなって。別に大丈夫なら、今まで通りに来てくれて構わないから。な?」

「……今日のお昼は、オムライスを食べたいです……」

「分かったよ。ちゃんとケチャップで名前も書いてやるって」

「絶対にですからね!」


 先ほどまで涙目を浮かべていたのに、オムライスを作ると言った途端、現金にも涙が止まった。

 そのまま鼻歌を奏でながら仕事に戻ったから、仕事のことについて詳しくことが出来ずにいた。

 本人が大丈夫だと言っているのなら、まあ大丈夫なのだろう。

 俺はこれ以上、深く考えるのは止めて、冷蔵庫の中にオムライスの材料があったかと意識を移した。



 ♢♢♢



 千種さんのオムライスは絶品だ。

 卵がふわふわしていて、中のチキンライスだけでも美味しくて、ケチャップで書かれた自分の名前は食べるのがもったいないぐらい嬉しい。

 頼めば断ることなく作ってくれるから、悪いと思うけど何度もお願いしてしまう。


 仕方ないなと笑う顔も、俺のお気に入りだ。



 最初に千種古書店に行ったのは、ある情報が入り確認するように命令されたからだ。

 みんなが探していたある人が、そこの街にいるのを見かけられた。

 数年前にはたくさんあった情報は、今はほとんどなくなっていた。

 だからこそ、どんなに信憑性が低いものでも縋り付くしかなかったのだ。



 あの人は、煙のように消えてしまった。

 誰にも何も言わず、買い物に行く気軽さでいなくなった。

 前日に宴会をしていたせいで、ほとんど全員が二日酔いになっていた。

 だから次に目覚めたのは、お昼を過ぎてからで、すでにあの人の姿は跡形もなくなった後だった。


 あの人の冗談や、いつもの気まぐれかと心配していなかったみんなも、時間が経つにつれて顔色が悪くなった。

 電話を掛けたり、外に出たり、苛つきを周りに当たる人もいた。

 特に酷かったのは、最後にあの人に会った佳人よしひとさんだ。

 どうして買い物に行くと言った時に、無理にでもついて行かなかったのかと、自分を責めて暴れて手が付けられなかった。



 それからのチームは、しばらく目も当てられないぐらいに悲惨なものだった。

 あの人がいなくなるだけで、こうもみんな駄目になってしまうのか。

 誰もかれもが荒れに荒れて、街に出ては手当たり次第に喧嘩を売っていた。


 そんなことをしてもあの人が帰ってこないと分かっていても、それでもたまった気持ちを吐き出さないとやっていられなかったのだ。

 俺もその一人で、今思うと体を壊すのではないかというぐらい酷使していた。



 そんな状態が何ヵ月か続いて、それでもあの人が帰ってこなくて、俺達は段々と冷静を取り戻していった。


 いなくなった理由は分からない。

 でも、どこかには絶対にいるのだから探せばいい。

 見つけ出したら、今度は逃がさないように閉じ込めてしまおう。


 あの人がいなくなった絶望が大きすぎて、みんなの頭のねじは吹っ飛んだ。

 俺も含めてみんな、狂ってしまったのだ。



 千種さんのことは、良い人だし好意的に思っている。作ってくれるご飯は美味しい。

 それでも、あの人のことを隠しているのだとしたら容赦はしない。

 今は偵察中で、少しでも尻尾を出すのを待っている段階である。




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