機械人間のトア

そうま

第1話 夜明け

 太陽が昇ってきた。地上を照らし出し、重なり合った山が、地面の隆起ではなく実は鉄屑が積み重なって生まれたものなのだと教えてくれる。

 枯れた大地は、地平線までびっしりと金属のかたまりで埋め尽くされていた。うっすら伸びていく太陽の赤い光を、錆びついて光沢を失った鉄の塊が反射させるはずもない。中途半端に生前の形を留めている機械の残骸たちは互いに折り重なって、夜明けの到来などお構いなしに静かに眠っていた。

 そんな鉄屑の海の中に、一つの波紋が生まれた。

 金属のかけらがガラガラと滑り落ちて、山の中腹に小さな穴が開いた。穴の中からにゅっと人の手が伸びて、あたりを探るようにばたばたと動きまわる。そうする間に穴の円周がどんどん大きくなり、中からもう一本腕が現れた。二本の腕を器用に動かしまわりのガラクタをどけると、やがて穴の中から金色の髪の少年がひょっこりと顔を出した。

 朝焼けの荒野の中に珍しく風が吹いた。少年の髪がさらさらとなびく。眉の形や顔の輪郭があらわになり、その美しさが際立った。幼さを残す顔をした彼は、あたりいっぱいに堆積した鉄の山を見回す。どこを見ても、鉄、鉄、鉄……。

 どう甘く見積もっても、眠りにつくのに適した場所ではなかった。

 額に亀裂が入った少年を、大きな影が不意に覆った。あたりに響くモーターの無機質な駆動音。上を見上げると、少年の目の前でガラクタが満載された巨大な荷台がふんぞり返って、地面に対し徐々に角度をつけていっていた。

 今にも降りかかろうとしているガラクタの山を見て、少年は悲鳴をあげたが、滝のように雪崩れ落ちてきた金属の波でその声はあっという間にかき消された。斜め四十五度に傾いた荷台はやがて空っぽになり、その傾斜をゆっくりと元に戻し始めた。モーターが再び虚しく響いた。

 荷台が横になる間に、トラックの運転席から男が降りてきた。日焼けした肌に痩せこけた頬、白髪。薄汚れたつなぎを着た彼は、綺麗さっぱり何もなくなった荷台を確認して、車の中に戻ろうとした。しかし、

「ん?」

 彼の背後から、何やら音が聞こえてきた。振り返ると、積み上げられた金属の海の奥底で何かが動いているような――そんな音がした。

 男がトラックのドアから離れ、恐る恐る音がする方へ近づいて行くと、突然ゴミの山の中から手が突き出た。

「!!!???」

 声にならない絶叫と共に、彼は尻もちをついた。山の上の方が崩れ、中から人が這い上がって出てきた。

 口を開けたままの男と、そこにいるはずのない少年との目があう。絶句したままの男に向かって、少年は口を開いた。

「すみません。ここ、どこですか」




 少年を荷台に載せたトラックは、どこまでも続く鉄の海をのろのろと走っていた。太陽の光が鉄の表面に反射して、揺らめく水面のように見えた。

 運転席でハンドルを握る男は、バックミラーをちらりと覗いた。荷台であぐらをかき、小さくなっている例の少年は、変わり映えしない景色をじっと眺めている。ぱたぱたと金色の髪がなびいて、額の傷――というか割れ目が露わになる。生傷ではないし、かといってふさがってもいない。

「すみません。ここ、どこですか」

 少年が口を開いた。先ほどと寸分違わぬ調子で、質問を繰りかえした。男ははっとして、さりげなくミラーから目線を逸らした。

「見ての通り、ゴミ捨て場さ。使われなくなった機械どもが最後に行きつく場所だよ」

 トラックががたん、と揺れる。舗装されていない道はでこぼこで、尻が宙に浮く度に男は舌打ちして、顔をしかめた。

 後ろで座っている少年も同じように、体を度々揺られている。彼の問いに対する男の返答に、何かリアクションをすることもなく、ただ遠くを見つめるばかりで。

 うんともすんとも言わないその様子を見て、運転席の男はつまらなさそうにした。

 それから、また二、三回ほど二つの尻が宙を舞った。男は舌打ちの代わりにため息をついて、後ろに顔を向けた。

「俺はここでずーっと働いてんだ。毎日毎日、飽きもせずゴミを運んでは捨て、運んでは捨ててよ。けどよ、ゴミの山から人が這い出てきたのは、流石に今日が初めてだ」

 お前、どうしてこんなところにいたんだ、と男は運転席で身を捻り、少年を見た。

 彼はその視線に気づいた。表情一つ変えずに、荷台の上ですっと立ち上がると、身にまとっていた薄い布きれを、いきなり脱いだ。

 突然の奇行に、男はハンドルを滑らせた。車体がぐわりと傾き、思い切り蛇行する。慌てて体勢を元に戻した男は、ハンドルをこねくり回し、なんとかトラックを落ち着かせた。ふぅ、と一息つき、ちらりとバックミラーに目を移す。あれだけ車体がバランスを失ったにもかかわらず、少年は全裸のまま仁王立ちしていた。つるりとした美しい肢体には、大きな違和感があった。

 彼の股の間には、何もない。人形のように、丸みを帯びているだけだった。

 少年は、ヒトではなかった。


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