第118話 王様、石を切り出す(1)

 それから数日後、俺はリヨンとともに王都から一番近いところにある石切り場を訪れた。


「朝から快晴も快晴、雲一つないいい天気だなぁ。おっ、ヒバリが飛んでる。気持ちよさそうだなぁ」


「はいはい、のんびりとバカみたいに空なんか見上げてないで、とっとと始めるわよ。やるからには1つでも多く石を切り出さないといけないんだから」


「相変わらずリヨンは真面目だなぁ……」

「クロウが不真面目なだけでしょ」


 俺たちがいる一角には誰もいない。

 わざわざ俺たちのために場所を空けてもらっているからだ。


「んじゃま、やりますか」

 俺が『破邪の聖剣』を抜くと、早速リヨンが符術を起動した。


「術式を起動したんだけど、どう?」

「むーん……? 前に隕石を破壊した時と、あんまり変わった感じはしないような?」


「あっそう。ほんっと、クロウは微妙な力加減が下手くそよね。もう面倒くさいから試しにやってみましょ。いちいち話して確認するより、その方が手っ取り早いでしょうから」


「分かった」


 俺は『破邪の聖剣』に軽く力を籠めると、目の前の巨大な岩場に斬りかかった。

 切り出し用に目印の線が書いてあるところに上段斬りを打ち込むと、


 スパン!


 やけに軽い音がして岩場に一直線に切り込みが入った。

 その長さは聖剣の長さをはるかに超えて10メートルほどもある。


「おおっ!? なんかめちゃくちゃ綺麗に斬れたんだが!?」


「ふむ、まずまず成功って感じね。ふふん、前の時とは違って今度は暴走する気配もないし、思った通りに完璧に起動してるじゃない」


「いやこれ、マジですごいな。こんな感じかなってイメージした通りに、スパッと切れたぞ?」


「ま、これくらいは当然よ。なにせ私は天才だから」


 自信満々に言ったリヨンだが、自信過剰でも自意識過剰でもなんでもない。

 俺も全くの同意見だった。


 勇者の力にここまで完璧に干渉するなんて、天才と言われるリヨンでなければ到底不可能だろう。


「これなら相当の数の石を切り出せそうだな」


「ああでも符1枚につき30分程度しか持たないからね? 切断面が乱れてきたら言ってちょうだい。新しく符術をかけ直すから」


「了解だ」


「じゃあま、時間がもったいないからその調子でガンガン切り出していきなさいな。私はその間、邪魔しないように本でも読んでるから」


 そう言うとリヨンは持ってきていたシートを木陰に広げ、これまた用意周到に用意していた愛用クッションを置いて座った。

 そして最早俺への興味は失ったとばかりに真剣な顔で難しそうな本を読み始める。


「ありがとな、リヨン」


 投げかけた感謝の言葉にも返事はない。

 ただほんの少しだけ、本に目を落とすリヨンの口元が嬉しそうに緩んだ気がした。


 ってなわけで。

 ここから後は俺の仕事だ――!


「時間は無駄にできないからな。最速で切り出していくぞ! ほっ! はっ! そらよ!」

 俺は岩場に次々と聖剣を振るい、サクサク石を切り出していった。


 大量に切りだした石を集積場に運ぶのももちろん俺だ。

 勇者の力を解放した俺にとっては、人の背丈よりも大きな巨石であっても片手で軽々と運べてしまう。


 獅子奮迅の大活躍をする俺を見て、集積所で興味深げに見守っていた石工職人たちや運送業者が目を見開いて驚く。

 最初こそ「王様がまたなんかいらんことをしてるぞ……」「王様ってそんなに暇なのか?」みたいないぶかしげな視線を向けられていたが、今あるのはただただ称賛の眼差しのみだ。


 そうだよ、これが勇者なんだよ。

 誰かのためにその力を振るう。

 やっぱり勇者はこうじゃなくちゃな!


 俺の勇者の力はハンコを押すためにあるんじゃない、困ってる人を助けるためにあるんだ!


 その後も俺はひたすらに石を切り出し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る