第90話 悪だくみ(2)

「つまりミズハ=セントフィリア。かの娘がセントフィリア王国の正統なる血統ということは、これはもう間違いないわけじゃ」


「左様にございますれば」


「対して現国王クロウは勇者とはいえただの平民上がり。3代もさかのぼれば出自は不明じゃ。つまりあの娘を新国王に擁しさえすれば、大義は我らの側にある」

 ボリフェノール侯爵が悪魔のような笑みを浮かべた。


「私の見立てではミズハ=セントフィリアを正統なる新女王として擁立すれば、今はクロウ王に従っている諸侯の少なくとも3分の1は、我らに呼応して立ち上がることでしょう」


「超越魔竜イビルナークの襲撃により国力が疲弊しているところに、前国王の娘を擁立しての国を二分する内乱ともなれば、セントフィリア王国が早々に立ち行かなくなることは必至じゃのぅ」


「他国の介入、下手をすれば侵略なども受けることでしょうな」


「それは困るのぅ、実に困るのぅ。ワシもセントフィリア王国の名誉ある貴族の一員として、そんなことになってしまえば大変心が痛ましことよ」


「そしてそのような状況に陥れば、もはや内乱どころではありません。民想いの心優しきクロウ王は、正統な新女王たるミズハにその地位を譲ることでしょう」


「くっくっく、そうすればワシは再び国政の中心に返り咲きよ。ミズハ新女王の摂政として、思う存分に思うがままに権力を振るってくれるわ」


ばあやを人質にさえ取っておけば、ミズハも我々には逆らえませんでしょうからな」

「女王とは名ばかり。我々の思いのまま、言うがままの操り人形よ」


「その時にはなにとぞ、またエチゴ屋をご贔屓ひいきにしていただきますよう、なにとぞお願い申し上げます」


「言わずとも分かっておる分かっておる。お主には本当に世話になっておるからのぅ、一蓮托生じゃ。これからすぐに忙しくなる。今まで以上に頼らせてもらうぞエチゴ屋」


「ありがとうございます。もちろんご贔屓のあかつきには、ボリフェノール侯爵様には、今まで以上にたんまりと付け届けをさせていただきますので」


「くくく、お主の持ってくる菓子は実に美味であるからのぅ。美しい黄金こがね色に輝いておって、いくらでも欲しゅうなってしょうがないわ」


「なんと嬉しいお言葉……! おお、そうでしたそうでした。本日も『お菓子』を持参しておりますゆえ、前祝としてどうぞお納めくださいませ」


「おお、これは気が利くではないかエチゴ屋」

 ボリフェノール侯爵はエチゴ屋の差し出した菓子箱を開けると、中にぎっしりと納められた金貨を見てにんまりと悪い笑みを浮かべた。


「ボリフェノール侯爵様が通常よりもはるかに高額で国家事業を発注し、わたしどもエチゴ屋がそれを受注する。そして差額の半分をボリフェノール侯爵にキックバックとしてお返しする。原資は全て税金ですので、我らの腹は膨れることはあっても、痛むことはございませぬ」


「まったくこのようなことを考えるとは……エチゴ屋、お主も悪よのぅ」

「いえいえ、侯爵様ほどでは」


「くくくくく、愉快愉快! その時が来るのが今から待ち遠しいわ!」

「私もめもその日が来ることを心よりお待ちしておりますぞ」


「「わはははははっ!」」


 一等地にある閑静なお屋敷に、国と血税を食い物にする貴族と政商の、下卑た笑い声が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る