第87話『まったく、おにーさんはすぐ調子にのるんだから……』

 というわけで。

 俺はミズハと連れ立って薬屋へと向かった。

 道中でいろんな話をする。


ばぁやっていうのはミズハのご両親のお母さんのこと?」

「わたくしには両親はおりません。婆やはわたくしの育ての親にあたる方でして、今は私と2人で暮らしておりますの」


「それは悪いことを聞いちゃったな、ごめん。この通りだ」

 俺は申し訳なさでいっぱいになりながら頭を下げた。


「クロノスケ様が気に病まれる必要はございませんよ。それよりわたくし、とても気になっていることがあるのですけれど」


「おっ、なんだ? 何でも聞いてくれていいぞ?」

 しんみりとした雰囲気を打ち払うために、俺はことさらに明るく答えた。


「それでは遠慮なくお聞きしますね」

「おう」


 ミズハもその意図を汲んでくれて、全然気にしてませんよって柔らかい笑顔とともに尋ねてくる。


「クロノスケ様が並の兵士や衛兵とはケタ違いにお強いことは、武芸は素人のわたくしにもよく分かりました。またお腰には剣も下げておられます。もしかしてクロノスケ様は王宮で騎士などをされておられるのではありませんか? それも近衛騎士などを」


「あー……うん。まぁそんなところだな。詳しくは言えないんだけどセントフィリアの王宮勤めだよ。重度の腰痛のせいで一時期リタイアして王都から離れてたんだけど、無事治ったんで最近また戻ってきたんだ」


 嘘は言っていない。

 王宮勤めというか王様なんだけど、さすがにそれは明かせないので説明するならこんなところだろう。


 最初は『貧乏男爵家の三男坊』とでも言おうと思ったんだけど。

 もしミズハが元貴族だったりしたら、どこの男爵家か突っこんで聞かれるとまずいと思ってやめておいた。

 俺、あんまりそういうの詳しくないからさ。


 それに一応、俺は勇者になる前に少しだけ騎士もやっていたしな。

 エリートぞろいの近衛騎士なんてすごいもんではもちろんなく、当時の俺は平民向けの騎士養成校を卒業したばかりの、右も左も分からない駆け出しだったけど。


 しかも騎士になってすぐに勇者候補として先代勇者にスカウトされたから、騎士をしていたのは半年くらいしかなかったんだよな。

 いろいろ懐かしいな。


「やはりそうでしたか! 王宮を守護する騎士、特に近衛騎士は精鋭ぞろいで大変お強いのだと、婆やからよく聞かされていたものですから。これはもしやと思ったのです」


「あれ? その言い方だと、もしかして婆やは王宮で働いていたのか?」

 俺の何気ない問いかけに、


「えっ!? あ、えっと……婆やはその、えっと、その昔に王宮でさる高貴なお方の乳母をしていた……そうですわ。詳しくは話せないのですけれど……」

 ミズハは少し言葉を選ぶような様子を見せた。


「へぇ、だから王宮近衛騎士についても詳しいんだな。納得だ」


 もちろん俺はそれに気づかない振りをして、話を続ける。

 人間、言いたくないことはいろいろあるもんだ。


「そ、それにしても若くして王宮勤めの騎士だなんて、クロノスケ様は本当にすごいお方だったのですね!」


「ふふん、まあな。その筋じゃ結構有名なんだぜ? こう見えて王妃様や大臣からも信頼されてるんだから」


 なにせ俺ときたら魔王と魔竜を倒して2度も世界を救った勇者だからな。

 有名っていうかもはやレジェンド?


 もちろん王妃様っていうのはアリスベルとフィオナのことだ。

 そして今の大臣たちはみんな昔から俺の支持派なんで、信頼されているのは当たり前ではあるんだけれど。

 それはまぁ言わぬが花である。


 可愛い女の子の前でイイカッコしたいのは、男の本能みたいなものだからな!


「すごいのですねクロノスケ様は……心から尊敬します」

「いやぁそれ程でもないよ。ははははっ」


 ミズハに心から尊敬されちゃって、まんざらでもない俺だった。


 いやだってほら、ね?

 ミズハみたいな可愛い女の子にちやほやされて嬉しくない男なんている?

 いないでしょ?


 ――っと、いけないいけない。

 『まったく、おにーさんはすぐ調子にのるんだから……』ってアリスベルにもよく呆れられているもんな。


 少しは自重しないとな。

 少しだけね、少しだけ。

 むふふっ。


 その後も他愛ない世間話なんかをしながら薬屋まで行って風邪薬を購入すると、俺はミズハを家まで送って行った。

 とりあえず家まで送っていけば、今日のところは安全だろうと思ったからなんだけど――

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