第71話 ~アリスベルSIDE~

~アリスベルSIDE~



「世界に仇なす古の邪竜よ! 今ここに光と消え去るがいい! 『天地焼却セシ創世ノ黄金光レーヴァテイン・ブラスト』!!」


 おにーさんが放った巨大な光の柱が闇のブレスを飲み込み、さらに超越魔竜イビルナークを直撃して大爆発を起こした。


 太陽が地上に降りてきたかって思っちゃうくらいに眩しくて、とても目を開けていられない程の光がおさまった時。

 そこにはもう超越魔竜イビルナークの姿はなかった。


 おにーさんが勝利したのだ!


「俺の勝ちだ――!」


 惚れ惚れするほどにカッコよく勝ち名乗りをあげたおにーさん。

 超カッコよくて超素敵だったけど、すぐにその様子が急変した。


 ガラン。


 無機質な音を立てて、おにーさんの手から『破邪の聖剣』が零れ落ちる。


「あ――う――ぁ――」


 おにーさんが声にならない声をあげて、その直後おにーさんの身体がぐらりと倒れはじめたんだ――!


「おにーさん!? おにーさん! おにーさん!!」


 アタシはいてもたってもいられなくなって、全力ダッシュでおにーさんの元へと走っていった。


 倒れた身体をすぐに「うんしょ!」と抱き起そうとして、そこでおにーさんがもうほとんど息をしていないことに気が付いてしまう。


「おにーさんしっかりして! おにーさん、おにーさんってば!」


 アタシが呼びかけてもおにーさんはほとんど反応を返さなかった。


「あり……る、あ……べ……」


 おにーさんが、うわ言のように何かの言葉を懸命に繰り返す。

 なんとなくだけど、アタシの名前を呼ぼうとしているのだと直感した。


 その呼びかけに答えるように、アタシもおにーさんに必死に呼びかける。


「おにーさん! これが終わったらアタシと結婚するって言ったじゃない! フィオナさんと3人で結婚して、俺の甲斐性をみせてやるんだって言ってたじゃない! なのに死んじゃったらどうするのよ! ねぇおにーさん、ねえってば! 死んじゃダメ、ダメなんだから! ねぇ! ねぇ――!」


 だけどおにーさんの身体からはどんどんと生きる力が失われていって。


「クロウは勇者として世界のために命を捧げたのよ。安らかに見送ってあげましょう」


 いつの間にか隣に立っていたリヨンさんが、目を伏せながら辛そうな声でつぶやいた。


「あまねく精霊たちよ、どうか奇跡を起こしてください、どうか、どうか――」


 フィオナさんは涙を流しながら両手を組んで、一心不乱に精霊たちに祈りを捧げている。


「奇跡はそうは起きないから奇跡なのじゃよ……務めを果たした戦士を看取ってやるのもまた、仲間の務めじゃ」


 ストラスブールさんはいつものヘンテコな笑いはせずに、子供を教え諭す先生のような厳かな口調で言った。


 おにーさんが死ぬ。

 その事実にアタシは打ちのめされていた。


 なんで、って思っていた。

 だってそうでしょ?


 これが終わったら結婚しようって約束したのに。


 なのに死んじゃうなんてそんなの!

 そんなの!!


「そんなの急に言われたってアタシ嫌だもん! 困るもん! 黙って看取るなんて、そんなの絶対我慢できないもん! 絶対に諦めないもん! 絶対の絶対だもん!」


「アリスベル、あなたの気持ちはよくわかるわ。でも――」


 リヨンさんがアタシを慰めようと口を開きかけて、


「リヨン殿よ。どのようなことであれ、誰かに何かを言われてその通りにしてしまったら、アリスベル殿は一生後悔するはずじゃ。あの時こうしていたら良かったと、一生心に傷を残すじゃろう。今は何も言うでないよ」


 ストラスブールさんがそれをそっと押しとどめた。


 そんな2人からは、アタシのことをすっごく心配してくれてるっていうのが、これ以上なく伝わってきて。


 だからアタシは絶対に後悔のないように、自分にできることをしようとしたのだった。


 なにか、なにか――。

 なにかアタシにできること――!


 でもそこで気付いてしまう。

 気づかされてしまった。


 アタシにできることなんて、なんにもないってことに。


 だってアタシはただの整体師だ。

 近所でも評判だけど、ただそれだけ。


 剣で戦うこともできないし、精霊の声を聞いたり、結界を張ったり、術を使ったりなんてなんにもできない。


 アタシはどうしようもないほどに無力だった。

 無力なただの整体師だった。


 そう、アタシは整体師。

 これっぽっちも役にもたたないただの無力な整体師――整体師?


「おにーさんの腰を治してあげなきゃ……」


 無力なアタシはふとそんなことを思ったのだ。


 一度思ってしまったらそれはもう頭から離れなかった。


 整体師ができることと言えば、整体しかないのだ。

 だからおにーさんの腰を診るのが、今のアタシにできるたった一つのことなのだった。


 そうと決まれば話は早い。

 アタシはおにーさんの身体をあれこれ触って状態を見極めていく。


「やっぱり、最後の戦いでかなり無理したせいで、またちょっと腰痛をぶり返してる。おにーさんの一番の弱点、右の腰方形筋が緊張してガチガチに固まっちゃってる。周囲の筋膜をリリースしながらほぐして、トリガーポイントは……あった、ここだ」


 アタシはおにーさんの腰の状態を細心の注意を払って見極めていった。


「うん、だいたいわかった」


 そしてアタシはおにーさんの上半身に乗っかって動かないようにすると、右足をロックするように抱えあげて、勢いよく横に倒したのだ――!


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