第59話「この戦いが終わったら、結婚しようか?」

 翌日は丸一日かけて戦いの準備をした。


 俺は『破邪の聖剣』以外の勇者装備を持ってきていなかったので、フィオナたち統括騎士団が奔走して、あちこちからこれはという防具を片っ端から取り寄せてくれた。


 俺はその中で一番しっくりきたものを――防御性能や動きやすさなど総合的に勘案して――選ばせてもらった。


 そして夜。

 翌日に出立を控えた俺は、アリスベルの家で入念な腰のマッサージを受けていた。


 戦闘中にわずかな痛みも出ないようにと、アリスベルが俺の全身を、それこそ足の指先から頭のてっぺんまで徹底的に整体し、調整し直していく。


「ああっ、うう、気持ちいい……ふぁっ、そ、そんなところまで……! はぅ、ひあぁっ! ふあぁぁぁっっ!」


 俺はあまりの気持ちよさに、はしたない声を上げ続けてしまう。


「よいしょっと。とりあえず背中と肩まわりはいったん終了かな」


「ふぅ、なんだこれ、信じられないくらいに肩が軽いぞ。背中から腰にかけてもすごくいい感じだ」


「それは良かった。おにーさんの身体の特徴もだいぶわかってきてるからね。じゃあ次は首と頭をやるから、ちょっと身体の向きを変えてくれる?」


「続きもよろしく頼むな」


 アリスベルによると、筋膜や神経を通して様々な部位が身体の中で繋がっていて、色んな部位を調整することで、最終的に腰の負担が減っていくのだそうだ。


 と、


「ふふっ……」


 突然アリスベルが何かを思い出したように笑いだした。


「どうしたんだ?」


「うーうん、なんでもない。ただちょっと、全部の防具を装備したおにーさんがカッコよかったなーって思い出しただけだから」


「そうかそうか、フル装備した俺のカッコいい姿を見て惚れなおしちゃったわけか」


「残念ながらそれはありません」


「そうか……ないか……そうか……」


 アリスベルに即答で否定されてしまい、俺はちょっとションボリしてしまった。


 今回の敵はSSSランク超越魔竜イビルナーク。

 戦う相手が相手なだけに、性能と使い勝手だけをひたすら追及して防具を選んだんだけど、見た目がちょっとチグハグなんだよな。


 少しは色とか見た目の統一感も考慮するべきだったかな?


「もうそんなションボリした声を出さないでってば。だってアタシはおにーさんには惚れなおしようがないんだもん」


「惚れなおしようがない?」


 アリスベルの言葉の意図がイマイチわからず、俺はおうむ返しに聞き返した。


「だってアタシはとっくに、おにーさんにぞっこんなんだから。だからまたもう一回惚れなおすだなんて、そんなの絶対にありえないんだもん♪」


「アリスベル、君って子はなんて素敵に可愛い女の子なんだ……」


 俺のことを好きすぎるアリスベルに、俺は心から感動した。


 なんだこいつ可愛すぎだろ。

 今なら相手が魔王だろうが超越魔竜イビルナークだろうが何だろうが、俺は負ける気がしないぞ!


「ねえおにーさん、この戦いが終わったらさ」


「ん? 終わったらなんだ?」


「結婚しようか?」


「え、いいのか?」


「いい加減アタシも自分の気持ちに素直にならないといけないなーって思ってさ」


 そう言うとアリスベルはマッサージの手を止めた。

 そしてとてもとても真剣な声で言ったのだ。


「おにーさん――、ううんクロウ。この戦いが終わったら、アタシと結婚してください」


 もちろん俺の答えは決まっていた。


「こちらこそ喜んで。それこそ願ったりかなったりだ。アリスベルのことを俺は一生幸せにするから」


 俺はそう言うと、身体を起こしてアリスベルを抱きしめた。


 返ってくるアリスベルの温もりをしっかと感じながら、俺は勇者として、一人の男として。

 この世界とアリスベルを絶対に守るんだという強い決意を、改めて自分の胸に刻み込んだのだった。


 その後はえっちしたかったんだけど。

 めちゃくちゃえっちしたかったんだけど。

 それでも今日だけは整体とマッサージをしてもらうことにした。


 それにこの戦いが終わりさえすれば、えっちなんていつだってできるんだしな。

 急ぐ必要はないさ――。

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