第54話 沈黙の理由

「そしてそれらを踏まえた上で、エルフ自治領・特務騎士団より勇者様に依頼があります」


「だろうな。言われなくても内容はわかるけど、一応確認のために聞いておくよ」


 この流れで依頼となれば、もう内容は決まっている。


「勇者クロウ様にSSSランク・超越魔竜イビルナークを討伐していただきたくお願い申し上げます」


 フィオナがいつもの『勇者様』ではなく『勇者クロウ様』と俺を呼んだ。


 個人的な感情を一切排したその言い方に、フィオナ自身は俺に行ってほしくないと思っているのだと俺は直感する。


「……」


 そしてそれを聞いた俺は少しだけ押し黙ったのだった。


「無理なお願いというのは承知の上です。しかしこれほどの相手となれば勇者クロウ様でなかればとてもかなうものではありません」


「……だろうな」


「根城にしている古代神殿はここエルフ自治領からそう遠くない距離にあり、暴虐の限りを尽くした超越魔竜イビルナークや活性化した魔獣たちによって、いつエルフ自治領が襲われるやもしれないのです」


 フィオナが俺を説得しようと一生懸命に言葉を尽くす。

 だけど――、


「ああごめんごめん。今の『間』はそういうんじゃないんだ。もちろんやるよ、俺は勇者だからな。世界の敵と戦うのが勇者である俺の役目だから、そこは安心して欲しい」


「そう、ですか……ありがとうございます」


 フィオナが安堵半分、憂い半分といったような曖昧な表情で頷いた。


 民を守る騎士としては、勇者である俺に戦って欲しい。

 だけど俺の恋人としては、俺には死ぬような戦場には行って欲しくない。


 そんな相反する2つの思いが、きっと今、フィオナの中でせめぎあっているに違いなかった。


 でも、ここでやらないという選択肢は俺にはないのだった。


 最強存在たる超越魔竜イビルナークの討伐は、同じく最強たる勇者が果たさねばならない責務なのだから。


 だからさっきの『間』は、討伐依頼を受けるか受けないかを考えるための『間』じゃあなかったのだ。


 俺が考えていたのはただただアリスベルのことだった。


 アリスベルと今生の別れになるかもしれないということを、俺は少しだけ考えてしまったのだ――。


 あのダグラスが負けたこと。

 さらにはセントフィリア王国の王都のような巨大都市を壊滅させる破壊力から見て、超越魔竜イビルナークは勇者である俺と同じSSSランクであることは間違いない。


 それを討伐できるかどうかは、良くて半々といったところだろう。

 せめて勇者パーティの仲間たちがいてくれれば少しは話も違っただろうが、ダグラスは死に、他の仲間たちも今は散り散りになってしまっている。


 俺は俺一人で討伐に向かわなければならず、道中で他の活性化した魔獣たちと戦うことも考えれば、超越魔竜イビルナークを討伐できる可能性はかなり低いと言わざるを得なかった。


 そして超越魔竜イビルナークや魔獣たちが跋扈する場所で負ければ、間違いなく俺は死ぬ。

 つまりもう、アリスベルやフィオナの顔を見ることはできなくなってしまうのだ。


 その事実が、俺をほんの少しだけ押し黙らせてしまったのだった。


 ――と、


「おにーんさん、SSSランクの魔獣を討伐に行くの?」


 ふいに声がして、アリスベルが居間と台所の間からおそるおそるといった様子で顔を出した。


 ま、狭い居住スペースなんだ、そりゃ聞こえちゃうよな。


 それに仮に聞こえていなくても、これは他でもないアリスベルにだけは何があってもちゃんと伝えないといけないことだった。


「ああ、俺はSSSランク超越魔竜イビルナークの討伐に行く」


「おにーさんは勇者だから?」


「そうだ、俺は勇者だから世界の敵と戦うのが俺の使命であり責務なんだ。だから戦う、世界を守るために」


 俺は当代の勇者として、アリスベルにきっぱりと決意を告げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る