第53話 この時点でもう、俺の腹は決まっていた。

「もしかして戦争があったのか? でもセントフィリア王国と周辺諸国との関係は、そこまで悪くなかったはずだよな?」


 セントフィリア王国にかぎらず、あの辺りの国の王家は周辺の王家と姻戚関係を結んでいて、どこも身内みたいなものなのだ。


 だから攻めにくいし、攻められにくい。

 小さないさかいはあっても、大きな戦争はそうは起こらないはずだった。


「戦争ではありません」


 フィオナが言った。


「じゃあなにがあったんだ? まさか魔獣が大群で襲ってきたのか? 最近活性化してるみたいだし、なくはないよな」


「それも違います」


 戦争でもなく、大量の魔獣が襲ってきたわけでもない。

 じゃあな一体なにがあったって言うんだ?


 そこまで考えて、俺はふとあることに思い至った。


「待てよ、ダグラスはどうしたんだよ? セントフィリア王国にはダグラスがいる。あいつは性格は悪いけど戦闘力は折り紙付きだぞ?」


「新勇者ダグラス様は、とある遺跡の調査に行ったままパーティごと行方不明になったそうです。おそらくそこで強大な敵と――セントフィリア王国を滅ぼした敵と戦って討ち死にされたと思われます」


「まさかダグラスが負けたっていうのか!?」


 SS+ランクのダグラスが負けたとなれば、相手はそれ以上の存在ってことになる――!


「情報を伝えてくれた人たちによると、敵は人間ではなく単なる魔獣でもなく――」


 そこでフィオナはいったん言葉を止めると、緊張を押し殺すように大きく一呼吸を入れてから、意を決したように言った。


「敵は――超越魔竜イビルナークです」


「超越魔竜イビルナーク、ってあれだよな? 神話の時代を終わらせたっていう、神をも滅する伝説のドラゴンだよな?」


 それは子供の頃に昔話でよく聞かされた名前だった。

 絵本などに出てくる古代の邪竜だ。


「その超越魔竜イビルナークが現れたとのことなのです」


「いやいや、それってマジな話なのか? そもそもどうして超越魔竜イビルナークってわかるんだ? 自分で名乗ったのか?」


「15メートルを超える巨大な竜であり、闇色の鱗で覆われた漆黒の身体、禍々しい真紅の瞳。なにより王都をたった1体で瓦礫の山に変えてしまうその圧倒的なまでの破壊力――仮に本来は別の存在であったとしても、それを呼称するのに超越魔竜イビルナークほど適した言葉はないでしょう」


 俺の質問にフィオナが冷静に答えを返す。


 しかし冷静に答えようとしながらもやや早口になっているあたり、フィオナがまだ内心では相当に動揺しているのが、俺には見て取れたのだった。


「なるほどね、まったくもってフィオナの言うとおりだな。そんな相手を呼ぶにあたって、超越魔竜イビルナーク以上に相応しい名前はなさそうだ」


 それが真に真実かどうかということには、これっぽっちも意味はないのだから。


「そして超越魔竜イビルナークはセントフィリア王国王都を廃墟と化した後、南部にある古代の神殿遺跡へと飛び立ったそうです」


「古代の神殿遺跡か。確か昔から魔獣が多く出て調査もろくに行われてない危険エリアだったな。そうか、ダグラスはそこの調査をしていて超越魔竜イビルナークに遭遇したわけだ」


「おそらくはそういうことかと。そしてエルフ自治領からも比較的近い距離にあるその神殿遺跡が、どうやら超越魔竜イビルナークの根城のようなのです」


「フィオナ、詳しい説明をありがとう。だいたいのことはわかった。それにしても伝説の超越魔竜イビルナークが復活して、セントフィリア王国の王都を壊滅させた、か」


 俺はその言葉を噛みしめるようにつぶやいた。

 そしてこの時点でもう、俺の腹は決まっていたのだった。


 セントフィリア王国は俺が腰痛で苦しんでいるのを利用して、魔王討伐の功績や栄誉を全て奪って俺を追放した。 


 そのことを恨んでないわけではないし、本当にひどい仕打ちをされたと思っている。

 笑い話にもできない。


 だけどセントフィリア王国には、俺の知り合いも多数いたんだ。

 いつも通っていたマッサージ店の店主みたいに、おおいに世話になっていた人もいた。

 俺に好意を寄せてくれた王女さまだっていた。


 そんな彼ら・彼女たちも、壊滅するほどに王都が蹂躙されたとあっては、無事では済まなかったことだろう。

 死んだ者も少なくないはずだ。


 それは許せないし、絶対に許してはならないことだった。


 俺の心に、俺を勇者たらしめる正義の炎が赤々と灯り始める――!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る