第51話 セントフィリア王国壊滅

~超越魔竜イビルナークSIDE~



 超越魔竜イビルナークは巨大な翼で風を切り、悠々と空を飛んでいた。

 向かう先はセントフィリア王国の王都――人間どもの都を破壊するためだ。


 少し前に、復活したばかりの超越魔竜イビルナークにケンカを売ってきた勇者と呼ばれる人間がいた。

 もちろん容赦なく叩きのめしたのだが、超越魔竜イビルナークはそいつの残してきた臭いをたどって、拠点にしていた街に報復に向かっていたのだった。


 たかが矮小な人間ごときが、神をも滅ぼした超越存在たる魔竜イビルナークに楯突いたのだ。

 誰にケンカを売ったのか、身の程をわからせてやる必要があった。


 だがあえて急ぐ必要もなかった。

 滅びが訪れるのがわずかに早いか遅いかだけで、滅びという結果自体は変わらないのだから。


 途中見かけたいくつかの町を必滅のダークネス・ブレスで薙ぎ払いながら、超越魔竜イビルナークは王都に向かって進撃する。


 超越魔竜イビルナークは最強存在である。

 止められるものは誰もいなかった。


 先ほども巨大な街を一つ、瓦礫の山と変えたところだった――。

 


―――――――


~セントフィリア王国SIDE~ 王の間



「超越魔竜イビルナークはその黒きブレスで衛星都市マルスを焼き払い、なおもここ王都へと向かって侵攻しております」


「衛星都市マルスが……もはや目と鼻の先ではないか……」


 勤勉なる軍務大臣の報告を受けて、玉座に座るセントフィリア王は顔面蒼白となっていた。


 王都を守るように周囲に配置された11の衛星都市。


 その中でも最大規模の巨大要塞都市マルスが、たったの一夜にして瓦礫の山と化したと聞けば、セントフィリア王が顔面蒼白になるのも致し方ないことだった。


「超越魔竜イビルナークは、あと数時間ほどでここ王都に飛来すると思われます」


「数時間じゃと……なんということじゃ!? そうじゃ、新勇者ダグラスは? このような危機に、新勇者ダグラスはいったい何をしておるのじゃ!」


「飛行経路から見て、超越魔竜イビルナークはダグラス殿が調査に向かった神殿にいたと思われます。つまりダグラス殿はもう、討たれたのではないかと推察いたします」


「な、なんと……で、では勇者クロウは? 追放した勇者クロウ=アサミヤを呼び戻すのじゃ! 今すぐに!」


「お言葉ですが、勇者クロウ殿の追放理由は重度の腰痛で満足に戦えなかったからです。今さら呼び戻しても満足な結果は得られないでしょう。それに彼が今どこで何をしているのか、我々は把握できておりません」


 そもそも軍務大臣は、勇者クロウの追放に最後まで反対だったのだ。


 腰痛で戦えないというのはとってつけた理由に過ぎず、その裏には勇者クロウの絶大な名声を妬むダグラスや上級貴族たちの謀略があったのだと見抜いていたからだ。


 そうでなくとも勇者クロウは人として信用に足る人物だった。

 正義のために自己犠牲ができる誠の勇者。


 魔王との戦いにおいて長年にわたって勇者パーティに様々な支援を行っていた軍務大臣は、クロウの誠実な人となりを十分に理解していた。


 そうであるにもかかわらず、自分の勝手で勇者としての栄誉を取り上げたあげくに国外追放しておいて、今になってまた勇者クロウを呼び戻せと平然と言ってのける。


 よくもまぁそんなハレンチなことが言えるものだと、軍務大臣はセントフィリア王の厚顔無恥さに内心感心するほどだった。


 もちろん軍務大臣は王と、王家と、セントフィリア王国に仕える忠臣なので、顔にも口にも出しはしないが。


「な、ならば先代勇者はどうじゃ!」


「先代勇者の住まうホウライ山は、早馬を飛ばして片道10日の遠方にあります。今からではとても間に合いません」


「ええい! ではどうするというのじゃ! 座してこのまま滅びの時を待てというのか!」


「……」

 セントフィリア王の叱責に、軍務大臣は目を閉じて押し黙った。


「軍務大臣よ、余の問いに答えぬか。なにを目を閉じて黙っておる!」


「……相手は神をも殺すと言われた超越魔竜イビルナークなのです。勇者ダグラス殿が討たれ、巨大な要塞都市が一晩で瓦礫の山になる。そのような相手に、もはや我々に取れる手段などあろうはずがないではありませんか」


「な……っ」


「心中お察しいたします。セントフィリア王国は今日この日をもって滅びるでしょう」


「に、逃げるのじゃ。余は逃げるぞ、早く支度をせい!」


 血相を変えたセントフィリア国王が、玉座から腰を浮かして騒ぎ立てる。

 しかしその瞬間、


「何も知らぬ民を置いて、王が自分だけ逃げると申されるか!」


 軍務大臣の鮮烈な叱責が飛んだ。

 その猛烈な怒声は、王の間全体をビリビリと震わせる。


「余は……余は……逃げぬ。余はセントフィリアの王であるがゆえに」


 セントフィリア王は力なく首を垂れると、再び玉座に腰を下ろした。

 目をつむり深く息を吐く。


「それでは私もこの場にてお供いたしましょう」


 愚王であっても、それでも最後に民を見捨てなかったことに対し軍務大臣は敬意を表し、膝をついた最上級の礼とともにそう答えたのだった。


 その数時間後。

 セントフィリア王国王都は、飛来した超越魔竜イビルナークによって灰塵かいじんと化した。

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