第39話 見知らぬ天井と裸のフィオナ

 俺が目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。


 衣服は身にまとっておらず、身体には薄めの掛け布団がかけられて、ベッドに寝かされているようだ。


 布団の中には湯たんぽでも入っているのか、裸で寝ているというのに人肌のような優しく心地よい温かさで満ち満ちていた。


「すごく懐かしい夢を見たな……」


 先代から勇者と『破邪の聖剣』を継承した日の夢だった。

 遠い過去をわずかに懐かしんでから、俺はすぐに意識を今に切り替えた。


「ここはどこだ? 俺はなんでこんなところに……そうだ、森でギガントグリズリーと戦って。それで勇者の力を使いすぎて俺は倒れたんだ。でも生きていたか、良かった」


 どうやら気を失った俺を、誰かがベッドに寝かせてくれたらしい。

 あの場にいたフィオナか、もしくは騎士団の誰かだろう。


 身体に異常はなさそうだ。

 枯渇寸前だった生命エネルギーもすっかり回復している。


 強いていうなら腰が少し重いくらいだろうか。

 痛みはないけど、ひねっているようなズレてるような、なんとも説明しにくい微妙な違和感が右の腰にあった。


 完治したように見えてまだ治りきってはいないとアリスベルが言っていたけれど、その通りみたいだな。

 早く帰ってアリスベルに診てもらわないと。


「その前にまずはここがどこかか。フィオナも多分近くにいるんだよな?」


 俺は起き上がろうとして、しかしそこで初めて右腕に何かが乗っていることに気が付いた。


 確認のために視線を向けると、そこにはなぜかすやすやと気持ちよさそうに眠るフィオナの頭があったのだ。


 なにかいいことでもあったのか。

 普段のクールな表情とは違って女の子らしい可愛らしい寝顔で、心の底から幸せそうに眠っている。


 状況から察するに、どうやら俺はフィオナに腕枕をしながら眠っていたらしい。


「……はい? えっと? これってどういうこと……?」

 俺は頭の中が完全に混乱してしまっていた。


 しかもだ。


「なんだろう、肌と肌が直接触れ合ってるような感触があるんだが……」


 俺は裸だ。

 掛け布団の感触が直にあるからわかる。

 パンツすら履いていない完全な全裸。


 そしてどうやらフィオナも裸のようだった。


 ああそっか、人肌のような温もりがベッドの中にあったのは、「ような」じゃなくて文字通り人肌の温もりだったのかぁ。


「え……!? ってことは……!?」


 男と女が裸で寝る――つまりはそういうことである――いやいや全然ちっともこれっぽっちもそういうことじゃないから!!


「ちょ、ちょっと待って、俺にそんな記憶はないぞ。フィオナとえっちした記憶はちらっともない。それ以前に力を使い果たしてぶっ倒れていたはずだから、えっちに及んだ可能性は限りなくゼロのはずだ。動かない身体でいったいどうやってえっちするというのか!?」


 そうだよ。

 生命エネルギーがすっからかんになった俺は、とても動けるような状態じゃなかったんだ。

 だからフィオナと浮気えっちしたわけがないのだ。


 記憶もないし可能性もない。


「つまり俺は100%清廉潔白、今も変わらずアリスベル一筋というわけだ」


 その論理には針の隙間ほどの穴もなく、結論は確定的に明らかだった。

 俺は無実である。


 ――と、


「ふぁ……うにゅ……」


 俺の腕枕で眠っていたフィオナが可愛らしいあくびをして目を覚ました。

 俺と目が合うと、


「あ、おはようございます勇者様、本日はお日柄も良く……って、うわぉうぇいっ!?」


 フィオナは朝の挨拶をして――そして裸でベッドでくっついている状況に気付いて、この世のものとは思えない素っ頓狂な声をあげた。

 透きとおるような白い頬が、一瞬で真っ赤に染まる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る