第2話 ゴキボキゴキッボキャァッ!「あぎゃぎゃががぎゃぐわぃおうえっ!?」

「いや、腹は減ってないんだ。ただ腰が痛くて痛くて、もうこれ以上動けないんだよ。持病の腰痛が悪化して限界でさ」


「歩けないほどの腰痛持ちだなんて……見たところ、おにーさんってまだ20代でしょ? 若いのに大変だね」


「ちょっと昔の無理がたたってな……」


 最強にして超越存在たる魔王と戦うには、それくらい身体を酷使しないといけなかったのだ。


「ふーん。じゃあちょっとそこで仰向けに寝転んでみて。見てみるから」

 そういうと、少女はしゃがんだままで器用に俺の腰の辺りまで移動してきた。


「見てみるって、いきなりそんなこと言われても……」


「実はアタシ整体師なのよ。近所でも結構評判で。だからちょっと見てあげようかなって思ってね」


「今ここでか?」


「だって痛くて動けないんでしょ? ほら、早く仰向けになってってば」


「え、ああ、おう……」


 俺はもうなんか色々と人生に疲れ切ってしまっていて。

 何もかもが、どうでもよくなってしまっていて。


 だから見ず知らずのエルフの少女に言われた通りに、地面の上に仰向けに寝転んだのだった。


 大空でも見上げれば少しは気分も晴れるかも、と思ったものの。

 しかし見上げてもそこに空はなく、目に映るのは盛大に茂った木々の緑だけ。


 魔王討伐という最高の栄誉と莫大な報奨金を手に入れたはずが、腰痛で日常生活もままならず、こんな辺境の森で地面に寝転がり。

 さらには見ようとした空すら見ることがかなわない。


「はぁ……」


 あまりに惨めすぎて、大きなため息が漏れ出てしまう俺だった。


「じゃあ足を持ってちょっと動かすから力を抜いててね」


 しかしエルフの少女は、俺のやさぐれた気持ちなんて気にした様子もなくそう言うと、俺の足を片方ずつ持ちあげて前後左右に動かしたり、ぐいぐいと回したりし始めたのだ。


「あ、そこ、そこ気持ちいいかも、ああ、ううっ、伸びる、ああ”あ”……」


 本職の整体師というだけあって、少女は手慣れた手つきで整体術をかけてくる。

 その気持ちよさに、俺はついついだらしない声をあげてしまった。


 すると、


「ふむふむなるほどね。骨はあちこちゆがんでるし、筋膜もひどくねじれちゃってるね。でもうん、だいたい悪そうなところはわかったから、次は本格的に内部の矯正を始めるね」


 少女がなんだかよくわからないことを言った。


「筋膜ってなんだ? 内側の矯正って――あぎゃぎゃががぎゃぐわぃおうえっ!?」


 俺は少女の意図を聞こうとして、しかし最後まで言えずに人語とは思えない声で絶叫した。

 少女が俺の肩の上に座って抑えながら、俺の右太ももをがっちり両手でホールド。

 そしてそのまま強烈に横に倒したからだ。


 ゴキボキゴキッボキャァッ!


 ビリビリとした強烈な刺激が腰に走り、それと同時に腰骨がまるで粉砕骨折でもしたかのごとくヤバすぎる音を立てた。

 その痛みの強さときたら、俺は一瞬意識が飛びそうになるほどだった。


 だってビリビリ!って身体の中をカミナリが走ったみたいだったんだもん!

 切り傷とかの身体の表面の痛みならある程度は耐えられるけど、内側の痛みはとてもじゃないけど耐えられない。


 しかも今やられたのは、俺の最大のウィークポイントである腰である。

 だから魔王を倒した歴戦の勇者たる俺が悲鳴を上げてしまったのも、これはもう仕方のないことだった。


「じゃあ次、反対側ね」

 しかし少女は何事もなかったかのようにそう言うと、


「え”っ!!?? ちょっと待ってタイム! ウエイト! やめて! 無敵バリア――あぎゃぎゃががぎゃぐわえぇっ!?」


 俺の「待った」を完全スルーして、今度は俺の左足をホールドした。

 そのままさっきとは反対側に倒され、再び強烈に腰が曲げられると、これまた腰骨がバキボキゴキとやばいぐらいに悲鳴を上げた。


「な、なにするんだよいきなり!」

 俺はもう我慢ならんと、少女を押しのけて立ち上がると、指差しながら激しく糾弾した。


 腰痛で苦しむ俺の腰をさらに手酷く痛めつけるだなんて、ひど過ぎるにもほどがある!

 これはまさに鬼畜の所業だ!!


 だけど少女はというと、あっけらかんとした顔をして言ったのだ。


「どう? もう立てるようになったでしょ?」

「え? ……あ、ほんとだ、全然腰が痛くないぞ!?」


 俺は自分の腰がまるで自分のものではないみたいに、とても軽くなっていることに気が付いた。


 ぴょんぴょんとその場で跳んでみたり、グルっと腰を回してみたり、さらには大きく腰を反らしてみたり、Y字バランスをしてみたりと身体を様々に動かしてみたものの、俺の腰にはもう些細な違和感すらなかったのだ――!


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