★決断

 郷土文化学習が終わると、学校の雰囲気は一気に期末テストに向けたものへと変わっていく。3年生が修学旅行から帰ってくるとすぐにテスト範囲が発表されるのだ。

 今日はそんな修学旅行が終わった3年生が登校する日だ。私はこの日を待っていた。それは郷土文化学習が終わった日のことだ。

 悠真くんにしっかり返事を返した私は1つ心に決めたことがあった。


(自分に正直に、もう1度隼人先輩にぶつかってみよう)


 これは悠真くんが私に教えてくれたことの1つだった。もちろん、隼人先輩と遥先輩が付き合っていなければ、と言う前提条件はあった。もし2人が付き合っていなかったら、私はもう1度告白するつもりでいたのだ。


(また玉砕することになったとしても、この気持ちは伝えておきたい)


 隼人先輩が旅行中、会えない日々を重ねるごとにその思いは私の中で大きくなっていくのだった。


 思えば、私が視聴覚室に通っていたのは始めはお兄ちゃんのためだった。それがいつの間にか隼人先輩との時間が楽しくて、自分のためになっていた。隼人先輩が迷惑じゃなければ、今後もこの視聴覚室通いを続けたいと思うほどになっていた。これは誰のためでもなくて、間違いなく自分のためで、自己中な考えなのは分かっていた。だけど、どうしても今後も続けていきたいと言う思いは捨てられなかった。

 そして今日は待ちに待った3年生の登校日だ。私は朝からソワソワしてしまって、お昼休みを今か今かと待っていた。なんとか午前中の授業を乗り越えた私は、いつものように凛ちゃんと桃ちゃんと昼食を摂っていた。いつもと違うことと言えば、


「由菜?そんなにがっついていると喉に詰まらせるよ?」


 少し気が引いた様子の凛ちゃんへ、私は返事を返す暇も惜しんでお弁当の中身をかきこんでいた。そんな私の様子を桃ちゃんはぽかんと見つめていた。


「ごちそうさまでした!」

「えっ?もう?そんなに急いでどうしたの?委員長」


 桃ちゃんの問いかけに私は手短に答える。


「視聴覚室に行ってくる!」

「って、まさか、ジミー先輩に会うつもりなの?」


 凛ちゃんの驚いた声に私は力強く頷く。


「もう1度、気持ちぶつけてくる!」


 私は今度は中途半端にならないように、後悔しないように、今の気持ちを全力で隼人先輩にぶつけようと思っていた。それを聞いた桃ちゃんが口を開いた。


「それが委員長の決めたことなら、行っておいで」

「うん、由菜!頑張って!」

「ありがとう、2人とも!」


 私は快く応援してくれた2人に自然と笑顔を返すと、教室を出ていくのだった。




 1週間しか経っていないのに、ものすごく久々に視聴覚室へ向かう感覚になりながら、私は真っ直ぐに人気ひとけのない廊下を歩いていた。そして視聴覚室前に辿り着いた時、1度大きく深呼吸する。それからがらりと視聴覚室の扉を開けた。

 扉を開けると、いつもの定位置で目を丸くしている隼人先輩と目があった。


「驚いた。もう来ないと思っていたのに……」


 隼人先輩は本当に驚いた様子だったが、私はそんな隼人先輩の傍に近付いた。そしていちばん気になっていたことを口にする。


「遥先輩と、付き合っているんですか?」

「遥と?付き合ってないけど?」


 隼人先輩はなぜそんなことを聞かれているのか分からない様子だった。私はと言うと、その言葉を聞いて自分の中に溢れる気持ちをもうコントロールすることが出来なくなっていた。隼人先輩の目を真っ直ぐに見て、


「隼人先輩、好きです!」


 先週と同じセリフ。だけど、今回私に恥ずかしさは全くなかった。それよりも次々と溢れてくるこの思いを『好き』の2文字でしか伝えられたないことにもどかしさを感じていた。


「先輩の声も、ちょっとイジワルそうな笑顔も、私の知っている隼人先輩の全部が好きです!」


 隼人先輩は私の勢いに驚いているのか、何も言えない様子だった。私はそんな隼人先輩にまだ続ける。


「遥先輩と比べたら、私は隼人先輩のこと、知らないことがまだまだたくさんあると思います。でも」


 そこで言葉を区切って、私はまた、真っ直ぐに先輩の目を見る。


「これからどんどん隼人先輩を知って、どんどん好きになっていきますから、だから、覚悟してください!」


 私は思いのたけを一気にぶちまけてしまう。そんな私の様子をずっと見ていた隼人先輩は、ふっと柔らかく微笑むと、


「分かった、覚悟しておく」


 そう柔らかな声音で答えてくれた。その声を聞いた私は急に恥ずかしくなってしまう。今度は真っ直ぐに隼人先輩を見ることが出来ず、俯き加減で口を開いた。


「で、では、また月曜日に……」

「うん、月曜にね」


 優しく返されて、私は隼人先輩を残して視聴覚室を後にした。


(言っちゃった……)


 後から急にやってくる恥ずかしさに、顔が今になって真っ赤になってくる。しかし不思議と後悔はなくて、嬉しさがこみあげてくる。


(また月曜、か……)


 私は隼人先輩との仲がこれからも続くのだと思うだけで、自然と顔がにやけてしまう。

 なんだか急に走り出したくなる気持ちを抑えて、私は自分の教室へと戻っていくのだった。

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花明かりのティーンエイジャー 彩女莉瑠 @kazuno

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