★恋心⑨
そのお坊さんは柔らかく微笑むと、集まっている私たち1年生に挨拶をした。
「おはようございます」
「おはようございます!」
「元気がいいですね」
優しい声音でそう言ったお坊さんがしっかりと私たちを見据えて言う。
「私がここの住職を務めております」
住職と名乗ったそのお坊さんは、軽い自己紹介をすると深々と頭を下げた。私たちもつられて頭を下げる。
それから住職さんはここにお寺が建立されたきっかけや、この地域でのお寺の在り方などを説明してくれた。私がふと隣に目をやると、凛ちゃんと悠真くんはあくびを噛み殺しながら必死に住職さんの話を聞いている。その様子を微笑ましく感じつつ、その向こう側にいる川上くんを見てみると、川上くんは真剣に話を聞いてメモを取っていた。私もレポートに使えそうな内容をメモしていく。
一通りの説明を終えた住職さんは、普段は閉ざされている本堂の中を見学させてくれた。これには先ほどまで退屈そうにしていた凛ちゃんと悠真くんも目を輝かせている。地元の人なら誰でも知っているお寺だったが、本堂の中まで見たことなどなかったので私もワクワクしながら見学をさせて貰った。
こうして1か所目の見学を終えた私たちは、
「お昼、もう座るところもないっぽいし、先に神社に行ってから食べない?」
「賛成」
「何でもいいから、早く食おうぜ」
凛ちゃんの提案に川上くんが賛成した。悠真くんは空腹でそれどころではないのか、お腹を押さえながらアピールしている。その姿に私はクスクスと笑いながら、次の目的地の神社へと移動を始めるのだった。
そのお寺から次の目的地の神社までは徒歩15分程で到着する。細い地元の道を再び車に気を付けながら歩いていると、突然私の隣を歩いていた凛ちゃんがぴたりと立ち止まった。
「あっ!私ちょっと忘れ物思い出しちゃった!涼くん付き合って!」
「えっ?僕ですか?」
「うん!由菜たちは先に神社に行ってて!」
有無も言わさぬ凛ちゃんは、そのまま川上くんの手を取ると来た道を戻っていった。私が呆気に取られて凛ちゃんに声をかけられずにいると、悠真くんが隣に来て声をかけてくれる。
「行こうぜ、如月」
「でも、凛ちゃんたち待ってなくていいのかな?」
「大丈夫だろ、涼が一緒なら」
そう言って自然と車道側を歩き出す悠真くん。私は急に2人きりになってしまい、自然と悠真くんのことを意識してしまった。それは悠真くんも同じなのか、私たちは口数も少なく並んで神社への道を行く。天気は少し回復し、雲の隙間から晴れ間が覗いていた。
そして凛ちゃんと川上くんが合流することなく、私たちは目的の神社へと到着した。先にお昼を食べるのもためらわれたので、私と悠真くんは境内で凛ちゃんたちを待つことにした。まだどの班も到着していない、静かな境内の中、私はますます悠真くんを意識してしまう。
そんな中、悠真くんが意を決したと言うように口を開いた。
「あのさ、如月。ありがとうな」
静かな境内にポツリと落とされた悠真くんの言葉に、私はゆっくりと悠真くんを見る。悠真くんは真っ直ぐに前を向いて続けた。
「俺の気持ち、笑わずに聞いてくれて、さ」
そこで言葉を区切ると私の方を向いてニカっと笑って見せた。そんな悠真くんの笑顔に、私は胸が締め付けられるように痛む。
(ちゃんと、伝えなくちゃ)
そう決心した私は悠真くんに言う。
「あのね、悠真くん。私、悠真くんにああ言って貰えて嬉しかったよ。ありがとう」
こんな自分のことを見てくれていて、あんなに真っ直ぐに告白してくれた悠真くん。そんな悠真くんの告白に恥じないように、私も誠心誠意でこたえていく。
「でも私、やっぱり隼人先輩のことが好きなんだ……」
中途半端な告白で玉砕してしまったけれど、それでも今でも、自分の中で隼人先輩の存在はとても大きくて。
「だから、悠真くんとお付き合いするとかは、出来ない」
胸が苦しくなったけれど、私は悠真くんの目をしっかりと見て言い切った。悠真くんもそんな私の視線を真正面から受け止めてくれると、
「そっか」
そう呟いて薄く笑った。その笑顔が再び私の胸を締め付けてくるけれど、1度言葉にしてしまったものは、もうなかったことには出来ない。
「ごめんね、悠真くん」
「謝るなよ、如月。それが、如月の出した答えなら、俺はそれをしっかり受け止める」
そう言って前を向いた悠真くんは1度両手で自分の両頬をばしんと叩くと、私の方を向いていつものようにニカっと笑ってくれた。
「正直に気持ちぶつけてくれて、ありがとうな」
そんな悠真くんの笑顔と言葉に、私の鼻の奥がつーんとしてくるのを感じたが、私も悠真くんのように両手で両頬をばしんと叩くと、悠真くんに笑顔を返した。そうしていると、
「お待たせ~!」
タイミングを見計らったように凛ちゃんが川上くんを連れて戻ってきた。
「凛ちゃん!」
「涼!」
私たちはそれぞれの名前を呼んで2人に近付く。
「遅かったな、涼!」
「いやぁ~……」
悠真くんの言葉を受けた川上くんはどこか言いにくそうに目を泳がせている。そんな2人の会話を断ち切るように凛ちゃんが割って入ってくる。
「早くお弁当食べちゃおうよ!他の班が来ちゃうよ!」
「そうだな、腹減った~」
凛ちゃんの言葉に悠真くんが返し、私たちは神社の境内でお弁当を食べることにした。お天気はいつの間にか雲が取れており、空が明るくなっている。
私たちの昼食後、パラパラと他の班の生徒たちも神社に姿を現し始めた。そして御神木のスケッチをしたり、境内の中にある看板に目を通したり、各々神社の見学を始める。
私たちも普段こんなにじっくりと気にかけたことのない地元の神社の境内をじっくりと見て回る。
1通り見て回った後、私たちは1度学校に戻るのだった。
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