★恋心⑦
(真剣だった悠真くんに、きちんと返事をって思うけれど……)
どんな言葉を用意したところで、きっと私は悠真くんを傷付けてしまう。そんな気がして、怖くなってしまう。
(だって、私は隼人先輩のことが好きで……)
こんな気持ちの中、悠真くんと付き合うなんて考えられないし、絶対に出来ない。それこそ悠真くんの真剣な気持ちに対して失礼な気がする。
髪を洗い流している間もどう返事を返すべきか考えていたのだが、結局お風呂に入っている間に結論は出なかった。
シャワーから出た私は、洗面所で髪の毛を乾かすと1度頭の中をリセットするために机の前に座った。そして週末に出されている宿題に取り掛かる。問題に集中している時間は、隼人先輩のことも悠真くんの告白のことも考えずに済んだのだが、宿題がひと段落つくと、やはり悠真くんへの返答をどうするべきかと、思考が戻ってしまうのだった。
こうして、私は悠真くんへの最適な答えを見つけることが出来ないまま土日が終わってしまい、再び明日から学校が始まる月曜日を迎えようとしていた。
月曜日の朝。
鏡を覗くと目元の腫れは綺麗になくなっていた。私はそのまま夏服の制服に着替えると、部活の朝の練習に行くために家を出る。
学校に着いた私は無意識にグラウンドに目をやってしまった。グラウンドでは私よりも早くに登校した野球部の男子たちがグラウンドの周りを走りながら大きな声で掛け声を上げていた。私はその野球部員の中から悠真くんを見つけることが出来なかった。
悠真くんを見つけられないまま、私は自分の部活のために音楽室へと向かった。私を見つけた2年生の先輩は、金曜と土曜の練習を無断で欠席してしまった私に対してかなり怒っていた。朝から先輩に叱られ、少し気分は落ち込んだが、3日ぶりに楽器を演奏することで少しは気が晴れていく。
そうして短い朝の練習を終えた私は、音楽室から自分の教室へと向かった。土日の間に悠真くんへの答えを出せなかった私は、教室に入ることが少し怖かった。正確には、悠真くんの顔を見るのが怖かった。
教室の扉の前で小さく息を吸い、扉を開ける。入口からいちばん近い席に普段座っている桃ちゃんはまだ登校しておらず、そして野球部員たちもまだ教室には戻っていなかった。
私はほっと息をつくと、自分の席へと向かう。それからしばらくして、教室の扉付近が賑やかになって開いた。朝の練習を終えた野球部員たちがやってきたのだ。その中にはもちろん、悠真くんの姿もあった。日焼けした顔に笑顔を浮かべて、他の野球部員たちとじゃれあっている。
私はそんな悠真くんの様子をしばらく見ていたのだが、悠真くんがこちらに向かってくるのに気付くと咄嗟に視線を逸らしてしまった。そんな私の頭上から声が降ってくる。
「おはよう、如月」
それは少しぎこちなさがあるものの、普段通りの悠真くんの声だった。私も、
「おはよう、悠真くん」
と返したものの、真っ直ぐに悠真くんの顔を見ることが出来ずにいた。
そうしてすぐ、遠山先生が現れて朝のホームルームが始まる。
ホームルームが終わると1限目の授業の準備をするための短い休み時間に入る。私は教科書とノートを机の下から取り出して準備を始めた。隣の席の悠真くんはと言うと、休み時間開始のチャイムと共に教室の中央に飛び出して、クラスメイトの男子たちと会話を弾ませているようだった。
こうして短い休み時間が終わり、本日の1限目の授業である社会が始まった。
「今日は明日行われる郷土文化学習の最終確認を行いたいと思います。みなさん、班を作ってください」
号令の後の先生の言葉で、クラスメイトたちは一斉に机を突き合わせて4人組の班を作る。それは私のグループも同様で、机を突き合わせることにより正面に悠真くんが座っている。私は前をまともに見ることが出来ず、自然と身体を隣に座る凛ちゃんの方へと向けてしまうのだった。
「班が出来ましたね。では、明日の回り方などを確認していってください」
先生の言葉を受けてクラス中がざわめき出す。私たちの班も明日の回り方について話を始める。
「最初は学校集合だっけ?」
「うん。朝は学校に集合だよ」
私は凛ちゃんの言葉を受けて答えた。すると凛ちゃんの前に座る川上くんがその後の動きについて確認し出す。
「その後、僕らの班はあそこの寺に行くんだよね」
始めに訪ねる場所は地元では大きなお寺だった。そこでお寺が建った
「その後、住職からのありがた~い話を聞いた後に質問タイムだっけ?」
悠真くんの言葉に川上くんが答えた。
「各班1つまで、質問することが出来るみたいだね」
この郷土文化学習で、午前中にお寺を訪れるのは私たちの班だけではないのだ。他のクラスの班や同じクラスの班など、訪れる班は多くある。そのためお寺の住職さんへの質問は1班1つまでの決まりとなっていた。
こうやって明日の動きを1つ1つ確認していき、質問内容や道順を確かめ合っていると、あっという間に時間が過ぎて授業が終わっていく。
そうして1限目の授業が無事に終わった後の短い休み時間に入った時だった。私は悠真くんに教室の後ろの隅の方へと呼ばれていた。
「あのさ、如月」
悠真くんは少しバツが悪そうに口を開いた。私はそんな悠真くんの顔を見ることが出来ずにいた。悠真くんは続ける。
「俺のこと、そんな風に避けないで欲しいんだ」
「え?」
思ってもいなかった悠真くんの言葉に驚いて、私は反射的に悠真くんの顔を見る。悠真くんは片手で顔を覆い、私から視線を外していた。こうして間近で悠真くんの顔を見るのは告白されて以来初めてだったかもしれない。
少し恥ずかしそうな様子の悠真くんに私は言う。
「私、避けてた……?」
「おう」
短い悠真くんの返答に今度は私が慌ててしまう。
「ごめんなさい!そんなつもりは全くなかったんだけど……」
今度は私がバツが悪くなってしまう。そんな風に思われていたことが少しショックだった。私の様子を見ていた悠真くんは顔から手を外すと、
「いや、如月に悪気がないってことは分かってるから」
そう言うと、悠真くんはニカっと日焼けした顔を笑顔にする。
「明日、楽しもうな!」
そう言い残すと、悠真くんは教室の中央へと戻っていった。私はそんな悠真くんの後ろ姿を見送るしかできなかった。
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