★恋心⑤

「笑顔だけじゃない!学級委員頑張ってるところとか、一生懸命な如月が好きだ!」


 再度告げられた『好き』と言う言葉がじわじわと私の中に染み込んでくる。悠真くんは夕日のせいだけじゃない真っ赤な顔で、それでも真っ直ぐに私を見つめている。その視線を受けて、私の顔がみるみる紅潮していく。そんな悠真くんの真っ直ぐな視線に耐えきれず、私は視線を逸らしてしまった。

 それでも悠真くんは私を見ることをやめていないようで、痛いくらいその視線を感じる。何も言えなくなってしまった私に向かって、悠真くんは口を開いた。


「如月がさ、神谷先輩のことを好きだって知ってて、こんなこと言うのは、如月を困らせるだけだって分かってる。でも、どうしても伝えたくなった。もし今日の午後の抜け殻みたいな如月の原因が神谷先輩にあるなら……」


 そこで悠真くんは一旦言葉を区切った。そして自分の気持ちを確かめるように、確認するように、再び口を開く。


「俺なら、俺だったら、如月にあんな顔させない。ずっと笑顔にしてやりたいって、思うんだ」


 そう言い切った悠真くんは黙ってしまう。私はそれを聞いてますます顔を上げられずにいた。

 私は、困惑していた。今自分は、悠真くんに告白されている。そんな思ってもみなかった展開に、困惑していた。ただ、何かを言わなければと思う。その思いから、必死に顔を上げると、真っ直ぐな悠真くんの視線とぶつかる。私が何かを言おうとした時だった。


「わりぃ、如月」

「え?」

「如月に、そんな顔して欲しくて言った訳じゃないんだ。だから、頼むからそんな、泣きそうな顔すんな」


 そして悠真くんは私から視線を外す。

 そして悠真くんはそのまま時計に目をやる。続いて出た悠真くんの言葉は、


「俺、部活行ってくるわ」


 そう言って支度を始めていく。私はただ黙ってその様子を見守ることしかできなかった。


「じゃあな、如月。また月曜に」


 悠真くんは準備を終えて教室を逃げるように出ていってしまった。残された私は、まだ少し教室に残ろうと思った。まだ、今起きた出来事に対しての心の整理がついていない。

 遠くから金管楽器の練習の音が聞こえてきて、私の入っているオーケストラ部の練習が始まっていることを告げていた。




 悠真くんからの告白をされた日の帰り道でも、私の頭の中は悠真くんの言葉でいっぱいだった。


(笑顔が好き、か……)


 自分の気持ちを真っ直ぐな視線と共に一生懸命に伝えようとしていた悠真くんの姿が蘇る。そのたびに私の顔は熱くなって、帰宅途中の足も止まりそうになる。

 そうしてようやく家に帰りついた私は、真っ直ぐに自室に向かう。制服を脱いで部屋着へと着替えると、そのままぱたりとベッドの上へと倒れこんだ。

 私の頭の中をぐるぐると回る、悠真くんの言葉たち。


 笑顔が好き。

 一生懸命な姿が好き。

 そして、ずっと笑顔にしてやりたい。


(凄く真剣で、一生懸命自分の気持ちを伝えてくれたな……)


 それに比べて、昼間の自分の隼人先輩への告白はどうだっただろう。伝えたい気持ちはそこにあっただろうか。ただ、好きだと言わなければいけない、そんなことばかりを考えていたように感じる。


(悠真くんの告白とは全然違った。教科書通りの私の告白)


 ただ『好き』の2文字を口にするだけの告白。きっと隼人先輩には何も届いていないし、何も響いていなかったに違いない。


(だから、私の気持ちは憧れ。誰でもいい……)


 だけど。

 そこまで考えてから、私の頭の中では今までの隼人先輩との時間がぐるぐると、まるで万華鏡のように鮮やかによみがえってくる。

 初めてライブハウスで見た隼人先輩。そこから色々あって、毎日視聴覚室に通ううちに、私に見せてくれた顔。


 真剣に小説を読んでいる横顔。

 少し意地悪そうな笑顔。

 中低音の普段の声。

 そして、低く耳元で囁いてくれた声。


 どの隼人先輩のことを思い出しても、胸が締め付けられるように痛んだ。だけどどの隼人先輩のことも、私は、


(好き)


 うん。好き。どの隼人先輩の表情も、声も。全部全部、忘れられないくらいに好き。

 そこまで考えた時だった。昼間の視聴覚室での最後の隼人先輩の言葉が思い出された。




『由菜ちゃんのそれは、憧れだよ』




 冷たく無機質な声音と背中。


(私の顔も、見てはくれなかった……)


 いや、そうじゃない。私は自分が恥ずかしいから、隼人先輩から視線を逸らしていた。


(フラれたんだ……)


 その現実が今になって、重く私にのしかかってくる。そして気付いた。


(あれ?涙……?)


 自分の頬を伝う一筋の涙だった。それに気付いた途端、私の涙腺はダムが決壊したかのようにボロボロと涙が流れだした。


(嘘、どうして?)


 フラれた瞬間には出てこなかった涙が、今になって一気に溢れてくる。


(そっか、これが、本当に人を好きになるってことなのかな)


 そこに気付いて、でもすぐにフラれた現実が重なる。そうして押し寄せてくるのは、後悔の波だった。


(バカみたい……。あんな中途半端な気持ちで告白して、玉砕して……)


 止まることを知らない涙がどんどんと溢れてくる。私は嗚咽おえつがこぼれ出すのを抑えるように枕に顔をうずめて、泣き続けた。

 この日、私は初めて失恋して、泣いた。

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