★恋心④

「悠真くんのこと……?」

「悠真?」


 悠真くんの名前を出した瞬間、先輩のこめかみがぴくりと動いた気がした。私は慌てて昨日のことを説明した。


「それで、あんなに顔を真っ赤にしていたの?」


 隼人先輩は説明を聞いてもなお、私を責めるような言い方をしていた。私は悠真くんとの会話の内容を思い出して顔がまた赤くなっていくのを感じる。そんな私に、隼人先輩は冷ややかな視線を投げかけてきた。

 そしてつかつかと私の机の傍まで歩いてくると、目の前でドン!と机に片手をつく。驚いた私が先輩を見上げる形になる。すると先輩はぐっと私に顔を近付づけてきた。


「由菜ちゃんさ、俺のモノだって自覚、ある?」


(え?)


 私は一瞬隼人先輩から何を言われたか分からずにいた。目を白黒させていると、次第に言われた内容が頭に入っていく。そして、内容が完全に頭に入った瞬間、私は悠真くんとの会話を思い出した時以上に顔が熱くなってくるのを感じた。私が口をパクパクさせているのを見た隼人先輩の目から怒りの色が消え、代わりにバツが悪そうな表情になった。そしてすっと私から顔を離すと、


「悪い。頭冷やしてくる」


 そう言って隼人先輩は視聴覚室から出ていこうと歩き出した。私はそんな先輩の背中を咄嗟に追いかけていて、気付いたら先輩の制服のシャツを後ろから握っていた。


「何?」


 隼人先輩はこちらに顔を向けずに素っ気なく言う。


(言わなきゃ!)


 私は何故かそんな気持ちに駆られていた。そして必死に声を出す。


「隼人先輩、好きです……!」


 私の中の恥ずかしい気持ちと戦いながら、必死に出した言葉だった。しかしその私の言葉に対して返ってきたのは、相変わらず無機質な先輩の声だった。


「由菜ちゃんのそれは、憧れだよ。俺じゃなくても別に構わない」


 私の顔を見ることなく告げられた言葉に、私は力なく先輩のシャツから手を離した。隼人先輩は、そのまま私を見ることなく、視聴覚室を出ていってしまう。

 残された私はと言うと、呆然と立ち尽くしていた。不思議とマンガやドラマのように泣き崩れたりはしなかった。ただただ、頭の中が真っ白だった。

 そして隼人先輩が残した言葉。


(俺じゃなくても、構わない?)


 何、それ。

 どういうこと?

 憧れって、何?


(そして私、フラれたの?)


 少しずつ現実を受け入れていく。

 恥ずかしい思いをして告白した結果は、見事に玉砕したのだ。あれなら、言わない後悔の方が良かったかもしれない。

 私は私が分からないまま、フラフラと自分の教室へと戻るのだった。




 教室へと戻った私へ、桃ちゃんが声をかけてくれた。


「あれ?委員長、今日は戻ってくるの早いじゃん」

「桃ちゃん」


 私は桃ちゃんの方を見る。すると桃ちゃんはぎょっとしたような表情を見せる。急いで私の傍まで席を立って近寄ってくれると、


「ちょっと委員長、大丈夫?顔、真っ青だよ?保健室行く?」

「ちょっと休めば大丈夫だから。ありがとう、桃ちゃん」


 私はそう桃ちゃんに返すと、フラフラと自分の席へと戻る。そう、少し休めば楽になる。そう思っていた。しかし午後の授業の内容は全く頭に入ってこず、気付けば帰りのホームルームも終わっていた。クラスメイトたちがそれぞれ部活へ行く準備を始めている。私はそんなクラスメイトたちをぼーっと眺めるだけだった。とても部活へ行く気にはならない。かと言って帰る気も起きなかった。

 どれだけ自分の席でぼーっとしていただろうか。私は突然肩を叩かれてはっと我に返った。肩を叩いてきた相手を見上げる。そこに立っていたのは、


「悠真くん?」

「大丈夫か?如月」


 心配そうな顔をした悠真くんだった。私はつとめて笑顔で返す。


「大丈夫だよ、ほら!」


 しかし、私の笑顔を見た悠真くんは顔をゆがめる。


「無理に笑ってんじゃねーよ」


 そう呟いて、隣の自分の席へと座る悠真くん。私はそんな悠真くんの様子をただ見ることしか出来なかった。


「如月は、頑張り過ぎだ」

「そんなことは……」


 ない、と否定しようとして私は1つのことに気付く。教室内には私と悠真くんしかいなかったのだ。


「あれ?みんなは?」

「とっくに部活に行ったよ」

「悠真くんは?行かなくていいの?」

「心配で行けるかよ」


 悠真くんはそうつぶやくと、そっぽを向いてしまった。その悠真くんの耳が西日で赤く染まっている。私はなんだかそんな様子がおかしくて、自然と笑みがこぼれてしまった。


「ふふっ。心配してくれてたんだ。ありがとう」


 今度は自然に笑えた気がした。すると悠真くんはそっぽを向いたまま俯き、小さく声を出した。


「……きだ」


 その声は余りにも小さくて、私の方まで届かない。私はおかしくなってクスクス笑いながら言う。


「何?聞こえないよ」


 そう言ってクスクス笑っていると、今度は悠真くんががばっとこちらを向いて、はっきりした声で言った。


「如月の笑顔が好きだ!」


 私は一瞬、何を言われたのか分からずに時が止まってしまう。そんな私に、悠真くんは続ける。

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