★恋心①

 体育大会から1週間程が経った。私はこの1週間で杉浦さんを『桃ちゃん』と呼ぶようになっていた。

 この日も凛ちゃんと桃ちゃんと一緒にお昼のお弁当を食べていた。


「あ~、今日は5限目に魔の社会か……」


 凛ちゃんが少し憂鬱そうに呟いていた。


「分かる~!めっちゃ眠くなるんだよね。私なんていちばん前だから、寝るに寝られないし」

「桃ちゃん、寝ちゃダメだから」


 私は苦笑しながら注意した。毎日こうやって何気ない時間を何気ない会話で過ごしていた。


「そういえば、今日の社会は来週の郷土文化学習についてやるんじゃないかな?」

 私が言うと、桃ちゃんがものすごく面倒そうに言う。

「あ~、あれか……」


 この郷土文化学習と言うのは、学校を中心にした地元の歴史や文化を班ごとに体験する社会の授業の一環だ。最後には班ごとにレポートを作って、学年で1冊の冊子にすると言う。


「桃は全然乗り気じゃないんだねぇ、郷土文化学習」

「当たり前じゃん!この時期に学校外学習とか、日焼けしちゃうじゃん?」

「そこの問題なの?」

「日焼けはシミの原因になるんだよ?将来シミだらけの肌とか絶対イヤ」


 そう言ってお弁当のおかずを口に運ぶ桃ちゃんは、凛ちゃんよりも美意識が高いことが最近分かった。今からシミの心配をしている桃ちゃんがおかしくて笑っていたら、


「笑ってるけど、委員長。来週に郷土文化学習があるってことは、ジミー先輩は修学旅行に行くってこと、分かってる?」

「え?」


 突然出てきた隼人先輩の話題に私は間の抜けた返事を返してしまう。


「そうだよ、由菜!ジミー先輩の修学旅行と言えば、ライバルの遥先輩の告白があるんだよ?忘れてないよね?」


 凛ちゃんが興奮気味に言う。その言葉に私は体育大会での出来事を思い出した。あの時確かに遥先輩は隼人先輩に修学旅行中に告白すると言ってきた。言われた瞬間はどういうことなのか分からなかったけれど、日が経った今は、あの言葉の現実味が全く感じられなくなっていた。


「遥先輩、本気で告白するのかなぁ?」


 私の疑問に桃ちゃんが息巻いて言う。


「甘い!甘いよ、委員長!女が女に宣戦布告したんだから、本気に決まってる!」

「由菜に言った以上、向こうはジミー先輩への告白をやめるとは考えられないかな」


 2人から遥先輩の告白はあると言われて、私は困ってしまう。そんなことを言われても、遥先輩を止める権利なんて自分には全くないのだ。


「いっそのことさ、委員長もジミー先輩に告白したら?」

「えぇっ?」


 突然の桃ちゃんからの提案に私は想像以上に大きな声が出てしまう。そんな、私が隼人先輩に告白なんて、全く考えていなかった。呆然としていると凛ちゃんからも、


「桃、それ名案」

「そんな、簡単に言わないでよ!」


 私は慌てて凛ちゃんに言う。そして時計を確認して、いつもの時間になっていることに気付き、2人から逃げるように視聴覚室へ行く準備を始めた。


「私、行ってくるから!」


 そう言って逃げようとする私に向かって桃ちゃんが言う。


「ジミー先輩にコクってら~」

「もう!そんなんじゃないってば!」


 恥ずかしくなって言い返したが、桃ちゃんと凛ちゃんは楽しそうに笑うだけだった。




 体育大会後の視聴覚室では、再び私たちの間に読書をする穏やかな時間が流れていた。私は間もなく、隼人先輩に薦められた本を1冊読み終えようとしていた。しかし今日は桃ちゃんの言葉が気になって読書に身が入らない。


(告白、かぁ……)


 私は気付いたらため息とともに読書をしている隼人先輩の横顔をボーっと見つめてしまう。汗ばむ季節だと言うのに、隼人先輩は涼し気な様子でいつもの窓辺の机の上に腰を下ろしている。いつ頃からか、隼人先輩は私の前だと普段下ろしている前髪をかきあげ、メガネを外すようになっていた。素顔の隼人先輩は日の光に照らされてライブハウスで見る時とはまた違った神秘的な雰囲気をまとっている。

 そんな隼人先輩をボーっと眺めていたら、突然顔を上げた隼人先輩とバチっと目が合ってしまう。


「そんなに見られてたら、本に集中できないな」


 同級生にはない、声変りが終わった後の低い声で言われて、私は咄嗟に言葉が出てこない。


「由菜ちゃん?」


 再度問われて、私は自分が考えていたこととは全く違うことを口走った。


「隼人先輩の郷土文化学習って、どこに行ったんですか?」

「そんな時期だっけ?」

「はい。先輩の修学旅行の日にあるんです」


 修学旅行と言う単語を口にした瞬間に桃ちゃんたちに言われた遥先輩の告白が頭をよぎったが、私はその考えにふたをする。


(今はまだ、遥先輩の告白のことは考えたくないな……)


 この穏やかな時間を独り占めしておきたいと言う気持ちから、私はそんなことを考えてしまう。そんな私の気持ちを知らずに隼人先輩が宙に視線を彷徨わせると、


「俺の時は確か、神社と寺に行ったかな。他の班は鉄塔とか。まぁみんな、好きに行動していたよ」


 そう少し懐かしそうに言う隼人先輩の横顔を目に焼き付けるように、私はじっと見つめてしまう。


「由菜ちゃんの班はどこに行くのか決まったの?」


 そんな私の視線を真っ向から受け止めて、隼人先輩が聞いた。


「いいえ。この後の5限の授業で決めることになるとは思うんですけど」

「5限の社会かぁ!苦痛だね」


 隼人先輩にも心当たりがあるのか、イヤそうな顔でそう言う。私はそんな隼人先輩に苦笑を返した。そんな話をしていると、


「そろそろ時間かな」


 そう言って隼人先輩が時計を見やる。私もつられて時計を見ると、間もなくチャイムが鳴ろうとしていた。


「今日は進まなかったなぁ」


 隼人先輩がイタズラっ子のような表情で本を片手に言う。私は申し訳なくなって、


「すみません」

「いいよ、気にしないで。お喋りの日があっても楽しいよね」


 そう言って柔らかく微笑む隼人先輩の表情に胸が一気に跳ね上がる。そのまま視線を逸らせずにいると、


「じゃあ、また明日」


 隼人先輩は私の近くにやってきて私の頭をぽんぽんとすると視聴覚室を出ていってしまう。何度頭を撫でられても、何度あの柔らかい表情を見ても、心臓は全然慣れてくれない。ドキドキする胸の中、隼人先輩の顔が思い浮かぶ。

 真剣に本を読んでいる横顔や、イタズラっ子のような笑顔。


(これが、好きって気持ちなのかな?)


 私は自分の気持ちを再度確認すると、ますます隼人先輩のことが気になってくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る