★体育大会の季節です!⑨

 始めは凛ちゃんがこのファッションビルにしかないお店に案内してくれることになった。私がいたフロアからエスカレーターで上へと向かう。そして到着したそのフロアは一気に他のフロアとは雰囲気が変わっていた。

 そのフロアのショップのほとんどが黒を基調としたものだった。パンク服、ゴシック、ゴスロリ服、明るい雰囲気のショップはロリータ服を扱っている。


「これは、凛らしいと言うか……」


 あまりの雰囲気に杉浦さんも圧倒されている様子だ。そのフロアの中の1つの、ロリータ服を扱うショップの前で凛ちゃんが言う。


「このショップとか、由菜好きそう」


 そのショップのワンピースはレースやフリルがたくさん使われていて、確かに可愛い。


「委員長っぽいねぇ」

「ま、さっきのショップよりもお値段が可愛くないんだけどね」


 凛ちゃんにそう言われて、私は手近にあったワンピースの値札を何の気なしに見てみる。そこには3万4千円以上の数字が並んでいてぎょっとしてしまった。中学生にはとてもじゃないが手が出せない。ここに並んでいるお洋服がみんなこんな値段なんじゃないかと思うと、私は怖くなってきた。何かあっても弁償は絶対に無理だ。


「凛ちゃん、可愛いのは伝わったから、早く出ようよ」


 私はまるでお化け屋敷にでも入っている気分になりながら凛ちゃんをこずく。凛ちゃんはおかしそうに笑いながらそのロリータショップを出てくれた。

 そして凛ちゃんのお目当てのお店に案内してくれる。ショップ内は商品がコンセプトごとに陳列されており、値段も先ほどのロリータショップよりは良心的に感じる。どれも1万円近くの値段ではあるのだが。


「凛ちゃん、何か買うの?」

「買わないよ~!だってこんなにお金持ってないもん」


 私の何気ない質問に笑って答える凛ちゃん。でも見ているだけで目の保養になるのだと言う。


「じゃあ最後は桃の番だね!」


 一通りショップを巡ってから凛ちゃんが言う。その言葉を受けた杉浦さんがエスカレーターで下の階へと向かうのを、私たちは後ろからついていく。杉浦さんの目的のフロアは先ほどのフロアとは打って変わって、白や黄色なのどの明るい色があちらこちらに見られる場所だった。


「桃っぽーい!」


 凛ちゃんが興奮気味に声を上げている。そのフロアに入っているショップの1つに杉浦さんは入っていく。ヒョウ柄のタンクトップスと共にざっくりと前が開いた肩だしのトップスなどが並んでいた。


「ここ、お気に入りなの。値段も凛のとこと違って凄いリーズナブルなんだよね」


 杉浦さんの言葉に私は手近なものの値札を見た。ロゴ入りTシャツには3千4百円と、先ほどと比べたらかなりお手頃だ。少なくとも先ほど感じた恐怖心は生まれてこなかった。

 明るい店内と店員さんの呼び込みの声の中、杉浦さんは1着のショート丈のロゴ入りTシャツを手を取っていた。着るとへそが見え隠れしそうな程のTシャツとそこにある値札と睨めっこしている。そこへ店内を1周したらしい凛ちゃんがやってきた。


「桃、悩み事?」

「これ、今年の夏服なんだけど、欲しいんだけど、中学生の3千円は大金だなって……」


 本気で悩んでいる様子の杉浦さんに向かって、凛ちゃんがイタズラっ子のような笑顔で言う。


「桃、いいこと教えてあげる。お洋服との出会いは一期一会、だよ」

「うわぁ~!そうなんだよなぁ~!」


 凛ちゃんの言葉を聞いた杉浦さんは頭を抱えて本格的に悩んでしまう。私は杉浦さんの気持ちも分かるので何も声をかけてあげられない。こうやって悩みながら、みんなお気に入りのお洋服たちを増やしていくのか、と感じていると。


「決めた!打ち上げ記念に買う!」


 ぐっと顔を上げた杉浦さんが言う。凛ちゃんが喜びの声を上げる中、


「大丈夫なの?」


 私は心配で声をかけていた。


「何とかする!」


 杉浦さんはそれだけ言うと、商品をレジへと持って行った。そしてしばらくした後、戻ってきた杉浦さんが何かに打ち勝ったような疲れたような顔で呟いた。


「買っちゃった……」


 その様子がおかしくて、私と凛ちゃんは笑いあったのだった。

 こうして買い物を終えた私たちは、再び電車に乗って地元へと戻ってきていた。そして駅前のドラッグストアへと立ち寄る。そこでは私の最低限必要なメイク道具を買う予定だった。


「委員長の感じだと、やっぱりメイクはナチュラル清楚系だよねぇ」


 杉浦さんの言葉に凛ちゃんが頷いている。メイクの知識がほとんどない私は黙って2人の言葉を聞いていた。そして2人のアドバイスを元に基本的な下地やファンデーション、アイシャドウなどを購入した。安いメイク道具だったが、初めて手にするのでドキドキする。そのまま私たちは凛ちゃんの家へと向かった。

 相変わらず凛ちゃんのご両親は家を空けていた。私たちは凛ちゃんの部屋へと通される。そして凛ちゃんが1階でお茶の用意をしてくれている間に、杉浦さんが先ほど買ったばかりのメイク道具をテーブルに並べていく。


「桃、どう?」

「完璧」


 お茶を持った凛ちゃんが部屋に入ってきた時には、もうメイクをする準備が整っていた。私はこれから自分の顔がどう変化するのか想像できずにドキドキする。


「委員長、ガチでメイク初めてなんだよね?」

「うん」

「じゃあ、私がメイクしていってもいい?説明はしていくから」


 杉浦さんからの思わぬ申し出だった。私は断る理由もないので「よろしくお願いします」と言う。すると、杉浦さんは慣れた手つきでメイクを始めた。

 始めは下地。顔全体になじませるように塗っていく。私は目を閉じて杉浦さんの丁寧な説明をしっかり聞いていた。そして1時間ほどが経った頃。


「こんな感じかな~?」


 杉浦さんが完成を告げた。私は恐る恐る鏡を覗き込んで驚いた。


「スゴイ……!これが、私?」


 スッピンの時にはぼやけて見えた目鼻立ちがしっかりとしている。それでいて派手な印象は全く与えていない。私の声を聞いた凛ちゃんも鏡を覗き込んで驚いた声を上げた。


「桃、すごい!こんなメイクも出来ちゃうんだ?」

「メイクの基本しか押さえてないよ?」


 杉浦さんは何でもないことのように言うが、私と凛ちゃんは興奮を隠しきれなかった。


「これは才能だよ!杉浦さん!」

「うんうん!桃、美容系の仕事のセンスあるって!」


 私たちにそう言われて、杉浦さんは少し照れた様子を見せていたが、


「あとは委員長の練習あるのみ、だよ」


 そう言ってそっぽを向いてしまう。私はもう1度鏡の中の自分を見てみる。スッピンの時よりも確かに服に馴染んだ顔になっているように感じる。


「ねぇねぇ、記念写真撮ろうよ!」


 凛ちゃんの提案で、私たちはケータイを取り出してそれぞれのカメラに3人で顔を寄せあった写真を撮った。外は暗くなり始めていた。写真を撮り終えてから、私たちは今日の打ち上げを解散させることにする。

 凛ちゃんの家から出て、しばらく杉浦さんと2人で帰り道を歩いていた。そして別れ際に、


「委員長!今度はジミー先輩について話聞かせてよ!」


 そう言われてしまった。そして杉浦さんは私の返事を待つことなく、自分の家に向かって歩いて行ってしまうのだった。




 こうして、初めての経験をたくさん出来た1日は、私にとってはとても忘れられないものになった。企画してくれた凛ちゃんや、付き合ってくれた杉浦さんのことを思うと、何だか温かい気持ちになって1人帰路へとつくのだった。

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