★恋心②

 私が教室に戻ると桃ちゃんがニヤニヤ笑いで迎えてくれた。


「ちゃんとコクった?」

「告白とかは、まだ、考えてないよ」


 何故か自分でも驚くほど沈んだ声になってしまった。桃ちゃんは私の声を聞いてニヤニヤ笑いをやめると、


「ま、いいけど。手遅れになって、後悔しないようにね」


 真剣な声音で言われて思わず桃ちゃんの顔を見ると、桃ちゃんはどこか痛そうな顔をしていた。


「桃ちゃん?」


 心配になって桃ちゃんに声をかけるも、すぐに授業が始まるチャイムが鳴ってしまう。私は後ろ髪を引かれる思いで、急いで自分の席へと座るのだった。

 席について間もなく、遠山先生が現れて授業が始まった。


「今日はですね、来週行われる郷土文化学習についてやっていきますよ」


 先生はそう言うと、班を席ごとに振り分けた。私の班は私の隣の席の悠真くん、前の席の凛ちゃん、そして凛ちゃんの隣の席の川上涼かわかみりょうくんの4人組の班に決定した。

 川上くんは悠真くんと同じ小学校出身で、部活も悠真くんと同じ野球部に入っている。元気なイメージの悠真くんとは反対に、メガネをかけた落ち着いた印象を与えるクラスメイトだ。

 私たちは4人の机を突き合わせてグループを作る。


「じゃあ、各班で行きたい所を決めていってください」


 遠山先生の言葉に教室内が一気にざわつき出す。私たちの班もどこに行くかを相談し始める。最初に口を開いたのは悠真くんだった。


「俺としては、やっぱり鉄塔がいいと思うわけ!」


 元気に提案する悠真くんに、凛ちゃんが怪訝そうな目を向ける。そして怪訝そうな声を上げた。


「何でよ?」

「あそこは男のロマンだろ!なっ?涼」

「えっ?」


 突然話を振られた川上くんが目をしばたたかせる。その様子に凛ちゃんが呆れた声を出した。


「ちょっと、涼くん困ってるじゃん。鉄塔以外にはないの?ジミー先輩とかどこ行ったか聞いてる?由菜」

「え?」


 突然話を振られて、私は一瞬言葉に詰まってしまう。そして、先ほど聞いた話を思い出していた。


「えっと、神社とか、お寺に行ったって……」

「うっわ、地味」


 悠真くんは思わず口をついてしまったと言う風に言葉を出していて、私は苦笑するしかなかった。悠真くんは隣の川上くんに、


「男なら絶対、鉄塔だよな!」


 しかし、川上くんは涼しげな顔で、


「僕は神社やお寺も歴史があっていいと思う」

「涼の裏切り者ー!」


 川上くんの対応に悠真くんの絶叫がとどろく。私と凛ちゃんは思わず笑いあっていた。ひとしきり笑いあった後、凛ちゃんが多数決を提案した。


「意見が割れた場合はじゃんけんで決めよう」


 そう言って意見を聞いてみる。すると、見事に3対1で神社とお寺の意見が多くなり、悠真くんの鉄塔の意見は却下されてしまう。

 悠真くんは恨めしそうに川上くんを横目で見ていたが、その視線に気付いているはずの川上くんはどこ吹く風で涼し気だった。私は思わず悠真くんに声をかけていた。


「鉄塔は人気だろうし、神社やお寺の方が落ち着けるかもしれないよ?」

「如月がそう言うなら……」


 私の言葉に悠真くんは少しバツが悪そうな感じでそっぽを向いてしまった。


「おやおや?やけに素直じゃない?」

「うるせ!」


 凛ちゃんのからかい気味の言葉に、悠真くんは耳まで真っ赤にしながら噛みついていた。私はその様子がおかしくてクスクスと笑ってしまう。そんな私たちに、川上くんが質問を投げかけてきた。


「ところで、さっき出てきた『ジミー先輩』って誰?」


 その質問に凛ちゃんの目が輝く。


「よくぞ聞いてくれました!ジミー先輩は由菜の彼氏なの!」

「彼氏?」

「ちょっと!凛ちゃん!」


 私と悠真くんがほぼ同時で声を上げる。凛ちゃんは私の抗議の声に軽く肩をすくめた。


「ごめんって、由菜。でも由菜はジミー先輩のこと好きでしょ?体育大会だってジミー先輩ばかり見ていたし」

「もう!その話はいいから!」


 私は自分が思っていた以上に慌ててしまうのだが、そんな私の様子を凛ちゃんはクスクスと笑うだけだった。

 こうして話が脱線することはあっても、私たちの班の行き先が決まった。来週の私たちの班は隼人先輩と同じく、地元の神社とお寺に行くのだ。隼人先輩が通った道と同じと思うだけで、私はなんだかくすぐったいような、嬉しいような、そんな気持ちになるのだった。


「各班、行き先が決まりましたね?次回の授業ではそこで何を知りたいかを考えていきましょう」


 遠山先生の言葉の終わりと同時に授業が終わるチャイムが鳴る。授業が終わった後、私は遠山先生に呼び出された。


「全員分の社会のノートを集めて、放課後に職員室へ持って来てください」

「分かりました」


 私はそう返すと自分の席へと戻る。席に戻った途端に隣の席の悠真くんから声をかけられた。


「先生、何だって?」

「放課後に全員の社会のノートを職員室に持って来てって」

「なんか、大変そうだな」


 体育大会が終わってからと言うもの、悠真くんは私に良く話しかけてくれるようになっていた。自然と呼び方も『深谷くん』から『悠真くん』へと変わり、悠真くんも私のことを『如月』と呼び捨てにするようになっていた。小学校は違ったけど、なんだか距離が縮まったようでそれが私には心地よく感じていた。

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