★体育大会の季節です!⑥

 私たちは3人で昼食を摂ることになり、中庭に来ていた。2人と一緒だというのに、なかなか2人の会話が私の頭の中に入ってこない。気付いたらぼーっとしていて、先ほどの遥先輩の言葉を考えてしまっていた。


(告白、かぁ……)


 遥先輩の言う告白は、きっと私が隼人先輩にされたようなものじゃないことは薄々と分かっていた。でも、どうしても実感が湧かない。


「…菜、由菜!」

「え?」

「え?じゃないし!さっきからぼーっとして、箸、進んでない」

「あ……」


 凛ちゃんから指摘されて、私は初めて自分のお弁当の中身が減っていないことに気付いた。


「委員長変だよ?何かあった?」


 杉浦さんも心配そうに私の方を見てくれる。私はしばらくどうしたものかと考えたが、この2人に相談してみることにした。まずは、遥先輩と隼人先輩が一緒にいるところを見ていると胸が痛むことを話す。すると2人は、


「それはズバリ『嫉妬』ですな」

「委員長はその、ジミー先輩って人のことが好きなんだね」


 ふむふむと納得気味に言われた私は驚いた。それは私の想像とはかけ離れていた単語たちだったからだ。


(私が、隼人先輩を、好き……?)


 2人の言葉が少しずつ自分の中に染み込んできた時だった。


「えぇっ?私、好きな人いたのっ?」

「「ニブっ!」」


 2人同時に言われてしまった。

 私は先ほどの遥先輩の言葉を思い出して、2人に話をする。あの衝撃が一体何だったのか。その答えを2人は知っているかもしれない。2人はそれぞれ考えた結果、


「それは宣戦布告ってヤツじゃない?」

「そうそう。ジミー先輩が遥先輩のものになるかもしれないことに衝撃を受けたんだよ」


 2人は当然のことのように、お弁当を食べる手を休めることもなく言ってのける。私はそんな2人とは対照的に、箸が完全に止まってしまった。


(隼人先輩が、遥先輩のものになる?私は隼人先輩が好きだから、それがイヤだってこと?)


 そう考えると今までの隼人先輩との時間で感じてきた胸の鼓動や、先ほどの遥先輩からの言葉で受けた衝撃にも納得がいく。

 私にも、好きな人がいる。それは隼人先輩で、その事実を頭で納得できた時、途端に私は恥ずかしさに襲われて顔が赤くなるのが分かった。


「あ、真っ赤」

「ゆでダコね」


 そんな私を見た2人は飄々ひょうひょうと話をしている。私はなんだか2人にとてつもなく恥ずかしい話をしているのではないだろうか。そんな思いに駆られて昼食の箸がいっこうに進まない。

 そんな私を見かねた凛ちゃんが声をかけてくれる。


「ほら由菜。しっかり食べないと。午後がもたないよ?」

「そうだよ、委員長。リレーもあるんだし」


 2人に促されて私はようやく少しずつご飯を口に運ぶ。この調子で午後の教師対抗リレーのバトンはちゃんと繋げられるのだろうか?と少し不安が残ったが、2人にこれ以上心配をかけられない。

 私がお昼ご飯を食べ終わったのはもう午後の部が始まろうとしている時だった。急いで教室に戻ってお弁当箱を片付ける。

 この日は視聴覚室へと行くことが出来なかった。


 午後は応援合戦から始まった。

 私たちは自分の組の応援を始める。大声を出して少しスッキリした気分にはなったが、それでもまだ、なんだか自分の中にしこりのようなものが残っていて、午後の最初の種目の綱引きでは午前中のように応援に身が入らなかった。そんな私の様子に気付いた杉浦さんが声をかけてくれる。


「委員長、元気ないじゃん。どうした?」

「ん、あのね」


 私はこれからのことの疑問を口にする。自分の中にある隼人先輩のことが好きな気持ち。この気持ちに気付いたけれど、それから先は?私はどうしたらいいのかと考えてしまっていたのだ。

 それを聞いた杉浦さんが大笑いをする。私は突然のことで驚いて杉浦さんのことを見やると、


「あぁ、ごめん。笑ったりして」


 そう言いながら目尻の涙をぬぐいつつ、まだクツクツと喉で笑っている。それは気持ちのいい笑い方で嫌味なものではなかったから、私は全然気にならなかったのだが、杉浦さんがこの後話すことが気になっていた。少し落ち着いた杉浦さんが言う。


「別に、どうもしなくたっていいんじゃない?今が幸せなら」

「今が良ければ、いいの?」


 私の素直な疑問を聞いた杉浦さんは優しく微笑みながら口を開いた。


「もちろん、誰かに迷惑をかけるようなのはダメだよ。だけど、今委員長がジミー先輩のことを好きで、それで誰か傷付けているわけじゃないんだし。だったらこのままでいいんじゃないかな」


 それに、と言うと、杉浦さんは話を続けてくれる。


「想っているだけで幸せって、凄く、良いことだと思う」


 そう言った杉浦さんの顔が少し寂しそうに見えた。でもきっと、私が問いかけても杉浦さんは答えてくれないだろうと思って、その疑問を私は飲み込む。代わりにまた杉浦さんが口を開いた。


「もし、ジミー先輩が欲しくなった時は、また話してよ。力になれるかもしれないし」


 少し意地悪そうな笑顔とともにそう言ってくれる杉浦さん。私は『欲しくなる』と言う意味が良く分からなかったが、杉浦さんが協力してくれると言う言葉は嬉しかった。自然と笑顔になる。

 そんな話をしていたら気付けば周りの男子たちが応援席から姿を消していた。綱引きが終わり、次は男子生徒総出の騎馬戦が始まろうとしていた。応援席に残された女子たちは、男子の席も使って思い思いの場所で応援をする準備を始める。私たちの所には凛ちゃんがやってきていた。


「次、騎馬戦だね!」

「ジミー先輩ってどれ~?」


 椅子の上に乗って、組み上げられる男子の騎馬を眺めていた杉浦さんにつられて、私も立ち上がって隼人先輩の姿を探す。全学年の男子総当たりの騎馬戦のため、この中から隼人先輩を探すのは至難の業のように感じられたが、


「居た」

「「どこっ?」」


 私の呟きを聞いた2人に挟まれる形で私が「あそこ」と指をさす。私の指の先にはクラスメイトたちが作った騎馬の上に乗っている隼人先輩の姿があるのだが、


「凛、どれ?」

「分かんない」


 2人にはたくさんある騎馬のどれに隼人先輩がいるのかが分からなかったようだった。2人は私たちの組の騎馬隊を応援しようと話をしていた。そんな中、




 バン!




 騎馬戦が始まった。私の目は自然と隼人先輩の騎馬を追っている。隼人先輩は次々と相手のハチマキを奪っていった。その仕草は普段視聴覚室で静かに読書をしている先輩から想像できない鮮やかさだった。騎馬の上で笑顔を見せながらハチマキを奪っていくその表情は、どこかライブ中の隼人先輩に重なる。

 私はそんな隼人先輩を見ながらドキドキする心臓の音を聞いていた。




 バン!




 試合終了を告げる合図が鳴った。その合図で私ははっと現実に戻ってきた。隼人先輩の騎馬は最後まで勝ち残り、先輩の手にはたくさんのハチマキが握られている。


「ジミー先輩、残った?」


 凛ちゃんからの問いかけに私はこくりと頷く。その隣で杉浦さんが悔しそうに口を開いた。


「悠真のはダメだったよ~!」


 体育大会の盛り上がりが最高潮になっている中、次の種目の準備が進められていく。運動場の中央にいた男子たちがそれぞれの応援席へと戻ってくる。


「悠真、ドンマイ!」

「うっせ」


 戻ってきた深谷くんに杉浦さんが声をかけていた。凛ちゃんも男子たちが戻ってきたのを見て自分の席へと戻っていった。深谷くんは私の方を見ると、


「教師対抗リレーは絶対に勝つ!なっ!如月さん!」

「うん、頑張ろうね」


 興奮している様子の深谷くんに、私は笑顔を返す。もう少しで、最終種目となる教師対抗リレーが始まる。

 私は心地よい緊張感に包まれながら、その時を待っていた。

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