★体育大会の季節です!⑤
そして開会式が始まった。選手宣誓の女子の代表は遥先輩だった。遥先輩は堂々とした態度で選手宣誓をする。
いよいよ体育大会が始まる。
午前中の種目は長距離走やムカデ競争などが行われていた。私は自分のクラスの選手たちを声が枯れるまで応援していた。そして私の最初の競技、女子100メートル走が始まろうとしていた。
スタートラインに立つとどの選手も自分より足が速そうに見える。気後れしそうになる自分に気合いを入れるため、私は両手で自分の両頬を叩くと前を見る。
「ヨーイ……」
バン!
スタートの合図と共に私は地面を蹴る。すぐに数人の生徒が飛び出して私の前を走り出した。私は後ろを気にしないようにして前だけを見る。そして私の前を走っていた選手と肩を並べた。私が前に出るかどうかの間際、私たちはほぼ同時にゴールする。
私は肩で息をしながらコースを外れて競技が終わるのを待った。そしてすぐに順位が発表される。私の順位は7人中3位。トップ3に入れたことが私は素直に嬉しかった。
息を整えてから自分の席に戻ろうと歩いていると、正面から3年生の先輩たちとすれ違う。その瞬間、
「ナイスファイト」
聞き慣れた声と共に頭にぽんと手を置かれた。慌てて振り返ったが3年生の集団の背中は小さくなっていった。一瞬の出来事だったにも関わらず、私の心臓は高鳴る。
(今のは、隼人先輩……)
頭が隼人先輩がそこにいたということを認識した時には、胸の鼓動がうるさく鳴り響いていた。
ぼーっとする頭で何とか自分の席に戻ると、
「委員長、どうした?」
隣から声をかけられて、はっとする。
「あれ?杉浦さん?」
「あれ?じゃなく。どうしたの、ぼーっとして。暑さにやられた?」
私は心配してくれる杉浦さんのことが嬉しくて、自然と笑顔を返していた。
「大丈夫だよ、ありがとう」
そこへ凛ちゃんが駆け寄ってくる。
「桃!集合かかってる!」
「マジっ?行こう、凛!」
急いで集合場所に駆けていく2人の背中に私は声をかける。
「2人とも、いってらっしゃーい!」
そして前のグラウンドの方を見ると3年生の男子100メートル走が始まろうとしていた。1年生の席からはスタート地点は遠く、選手の顔はしっかりとは分からない。しかし私は、
(あれ?隼人先輩だ……!)
不思議と隼人先輩のことだけは分かった。それからは隼人先輩の姿に釘付けになる。
バン!
スタートを知らせる合図が響く。私はそれが当たり前のように隼人先輩の姿を目で追っていた。
(速い!)
隼人先輩はスタートと同時に飛び出すと、そのままの勢いでゴールする。もちろん1位だった。
(凄い……)
一瞬でゴールを決めてしまった隼人先輩はクラスメイトと思わしき男子生徒たちに囲まれて笑顔だった。その笑顔を見ただけで私の心臓はドッドッと鼓動を速くする。
(なんで?)
自分のことなのに理由が分からなかった。私がこの鼓動について考えている間に、グラウンドの真ん中には長い竹の棒が並べられている。次は凛ちゃんと杉浦さんが出る棒取りだ。
私が気持ちを切り替えて前を見た時だった。
「由菜ちゃん、ちょっといい?」
後ろからふいに声をかけられた。振り返るとそこには遥先輩の姿が。
「遥先輩?どうしたんですか?」
私は言いながら遥先輩に駆け寄る。私の問いかけに曖昧な表情を浮かべる遥先輩。
「ついてきて」
そう言うと
遥先輩は木陰の傍で立ち止まると、神妙な面持ちで振り返った。私が何を言われるのだろうと緊張していると、遠くから生徒たちの歓声が上がる。どうやら棒取りが始まったようだった。
「私ね、隼人に告白しようと思っているの」
遥先輩の言葉を聞いた瞬間、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。遥先輩は言葉を続けた。
「今度、修学旅行があるの。その時に告白するつもり」
「な、なんでそれを、私に?」
私の喉はカラカラに渇いてしまって、それだけを口に出すのが精一杯だった。私の言葉を受けた遥先輩は困ったように笑うと、
「何でだろうね。由菜ちゃんには、伝えておいた方がいい気がして」
遥先輩はそれだけ、と言うとその場を去ってしまう。残された私はまだ、遥先輩が残した言葉の衝撃から立ち直れずにいた。
遠くから昼休みを告げるアナウンスが聞こえた気がしたが、私の頭の中は遥先輩が残した『告白』と言う言葉がぐるぐるとしていた。
(告白?遥先輩が、隼人先輩に?)
2人の練習中の親し気な風景を思い返す。
(どうして?何を?)
もはや自分に何が起きているのか理解がおいつかず、そのまま立ち尽くしていると、突然肩を叩かれて身体がびくっとなった。
「そんなに驚くことないじゃない」
「凛ちゃんと、杉浦さん?」
そこには凛ちゃんと杉浦さんが立っていた。
「お弁当、食べるでしょ?今日は桃も一緒に食べてくれるって」
嬉しそうにそう報告してくれる凛ちゃんの様子に、私は少しずつ現実に戻ることが出来た。
「杉浦さんが一緒に食べてくれるの?」
「何よ、私が一緒じゃ不満?」
「全然!大歓迎だよ!」
私たちはお弁当を摂るために、1度教室に戻ることにしたのだった。
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