★体育大会の季節です!④

 この日の放課後は練習最終日と言うこともあり、実際にリレーの順番で走ってみることになった。全員がスタート位置についたのを確認すると、遥先輩がスタートの合図を送る。


「よーい、ドン!」


 合図と同時に2年生の先輩が走り出す。バトンは順調に深谷くんまで繋がった。私は昼間視聴覚室で隼人先輩に教わった通りの構えで、自分にバトンが回ってくるのを待つ。後ろから深谷くんが走ってくる気配がする。後ろが気にはなったが私は先輩に言われた通り前だけを見ていた。そして手にバトンが渡される感触と同時に、バトンをしっかりと握り駆けだす。

 今までの練習でいちばんうまく受け取れた気がした。バトンを無事に隼人先輩へと繋いだら、向こうから深谷くんが走ってきた。


「如月さん!バトン、今のがいちばん渡しやすかった!」

「本当っ?良かった」


 まだ少し息が上がっていたが、私と深谷くんはアンカーの遥先輩がゴールする場所まで走って向かう。


「お疲れ様、みんな」


 ゴールした遥先輩が笑顔でみんなに言う。私たちもつられて笑顔になる。


「明日はこの調子で、先生たちに勝つぞー!」


 遥先輩の気合の声に、全員で「おー!」と返す。

 しばらく流しの練習を続け、今日の練習は終わった。練習後、私は教室に戻ろうとしていた遥先輩と隼人先輩に駆け寄る。


「隼人先輩!」


 私の声に2人は同時に振り返った。私は真っ直ぐに隼人先輩を見て笑顔でお礼を口にする。


「ありがとうございました!」


 私の言葉に遥先輩が不思議そうな顔で隼人先輩に話しかけている。


「隼人、由菜ちゃんに何かしたの?」

「別に」


 隼人先輩はそっぽを向いてしまう。私は2人のやり取りを目の前に、やはり胸の奥がズキリと痛んだ。その痛みに疑問を覚えながらも遥先輩に声をかける。


「明日は頑張って走りますね」

「うん、期待してる」


 遥先輩に笑顔を向けられて、私は走って教室へと戻るのだった。




 翌日の体育大会当日は晴天だった。今日も暑くなりそうだ。

 1日体育大会と言うことで、私たちはみんな体操着で登校する。教室に入ると体操着姿の生徒たちが思い思いに会話を楽しんでいた。普段とは違う賑やかな空気が教室内を包んでいた。そこへ普段はスーツをビシッと着こなしている遠山先生が現れた。今日ばかりは先生もジャージを着ている。


「皆さん、おはようございます」

「おはようございます!」


 先生の登場でいつもと違う雰囲気の朝のホームルームが始まった。


「今日は皆さんご存知の通り体育大会です。しっかり楽しんでください」


 遠山先生は話を終えると私たちにいくつかのガムテープを配りだした。


「今配ったテープを椅子の足の裏に貼っていってください」


 先生の言葉を受けて、私たちはそれぞれ椅子をひっくり返すと足の裏にガムテープを張り付けていく。教室内は相変わらずガヤガヤとしていて賑やかだった。そんな生徒たちの間を縫うようにして先生が様子を見て歩く。


「全員貼り終わりましたね?では椅子を持って、運動場に出てください」


 先生の言葉で一斉に椅子を持ち上げると教室を出ていく生徒たち。私も凛ちゃんと一緒に椅子を持って教室を出ていく。


「ねぇ由菜。緊張してる?」

「ちょっとね。でもそれ以上に楽しみかも!」


 凛ちゃんの言葉に私は笑顔を返す。昨日のバトンリレーの練習で私はコツを掴んだ。そのため、昨日のような緊張感はなく、むしろワクワクの方が上回っていた。何より、中学生活初めての学校行事と言うことで、楽しまないと損だと言う思いに駆られていた。


「由菜にしては珍しい。さては昨日、ジミー先輩と何かあったな?」


 生徒たちで混み合う昇降口で自分たちの順番を待っていると、凛ちゃんが鋭い質問をしてくる。私は昨日の視聴覚室での出来事が蘇って来て顔が赤くなるのが分かった。思わず俯いてしまう私に、


「えっ、ウソ?本当に何かあったの?」

「違うよ!バトンリレーの練習に付き合って貰っただけ!」


 思ったよりも大きな声で凛ちゃんの言葉に返してしまった。


「ほら!後ろ詰まってるんだから早く行くよ!」


 前の列が進んだことで私は誤魔化すように言う。そして自分の靴に履き替えて運動場へと向かった。凛ちゃんも慌てたように私の後を追ってくる。

 校舎から出た生徒たちはそれぞれ自分のクラスが書かれている場所を目指して散り散りになる。私たちも自分たちのクラスの場所へと向かった。

 椅子を並べると即席の応援席が出来上がる。私の隣は杉浦さんだった。杉浦さんは隣が私だと分かると、露骨に嫌な顔をしている。

 そんな杉浦さんに私は嬉しくなって声をかける。


「隣、杉浦さんか~!良かった!全然話したことない人より安心できるし!」


 私が1人でうんうん、と納得していると、隣の杉浦さんから声がした。


「……かったわ」


 しかしその声は周りの喧騒にかき消されて私の所まで届かない。


「ごめん、周りがうるさくて聞こえなかっ……」

「悪かったって言ったのよ!」


 私の声をかき消すように杉浦さんが言う。驚いて顔を見てみると、耳まで真っ赤にしている杉浦さんの姿があった。


「私、あなたのこと誤解してた。何の不自由もなく暮らしてる、イイコチャンだって」


 そっぽを向いたまま話してくれる杉浦さんの言葉を聞き洩らさないように、私はしっかりと聞き耳を立てる。


「凛から、あなたの身勝手さを相談されるたび、腹が立った。甘えん坊で何も努力してない人って思って」


 でも、違ったみたいね、と続く杉浦さんの言葉に胸の奥が熱くなった。私はあの時の杉浦さんの行動が、凛ちゃんを思ってものだったと初めて知る。自分が大事にしている人を大事に思ってくれる人がいることが、こんなにも嬉しいものだと思わなかった。


「ありがとう!」


 色々な意味を込めてお礼を言う。杉浦さんは、ふんっと横を向いてしまったが、その耳が真っ赤に染まっていることを私は知っていた。


「杉浦さん!開会式始まるよ!行こう!」


 私は自然と明るい声を杉浦さんにかけていた。そのまま軽い足取りで開会式に臨む。

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