★体育大会の季節です!③
「明日からのバトンリレーの練習だが、そうだな、藤原。お前仕切れ」
「えっ?私ですか?」
驚いている遥先輩に先生は続ける。
「神谷じゃ頼りないからな。頼んだ。じゃ、そう言うことで、今日は解散!」
先生はそう言うとさっさと校舎の中に姿を消したのだった。残された私たちは自然と遥先輩を見つめていた。
先輩は困ったように隣にいる隼人先輩をこずいている。
「隼人がそんなんだから、私の仕事が増えたじゃない」
「良かったな、頑張れ、遥」
遥先輩の文句をガッツポーズで受け流す隼人先輩。2人のやり取りにやはり私の胸の奥はズキズキと痛みだすのだった。
遥先輩は盛大なため息を吐き出すと、私たちに向かって口を開いた。
「こんな3年だけど、明日からよろしくね」
笑顔で挨拶をしてくれる遥先輩に、私たちは「よろしくお願いします」と頭を下げるのだった。
こうして翌日からバトンリレーの練習が放課後始まった。
いよいよ体育大会に向けて動き出したのだった。
6月に入ると衣替えが行われた。重たい冬服から真っ白な夏服へと学校中が様相を変える。私も例外なく夏服に身を包み、学校へと通っていた。そしてあっという間に体育大会前日を迎えることとなった。
それまでの私の生活は忙しく、朝早くから部活の練習、午前中の授業を受けてからお昼休みの時間は隼人先輩の元へ。そして午後の授業を受けてから放課後はバトンリレーの練習に行っていた。私は深谷くんからバトンを受け取り、隼人先輩へ繋ぐことが決まった。アンカーは遥先輩だ。
私は午前中から明日の体育大会のことを考えてしまい、ずっとソワソワした気持ちで過ごしていた。お昼休みの時間の視聴覚室内でも、なかなか読書に集中することが出来ない。そんな私を見かねた隼人先輩が声をかけてくれる。
「今日は落ち着きがないね、由菜ちゃん」
「だって、もう明日が本番なんですよ?緊張する~……」
バトンを落としたらどうしようか、転んでしまったらどうしようか。どうしてもマイナス思考になってしまっていた。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、隼人先輩が本から目を離すことなく言う。
「今から緊張しても、明日が本番だってことは変わらないから」
「分かってますよ!でもどうしても、緊張が取れなくて……」
言葉がごにょごにょとなってしまう私は、明日のことを考えてドキドキする胸を押さえる。すると隼人先輩は読んでいた本をぱたんと閉じた。
「君は、手のかかる子だね」
その言葉に私が先輩の方を見ると、先輩は私の近くにやって来て言った。
「何がそんなに不安なの?」
私は思わず、全部!と答えそうになったのを
「バトンを受け取ってからのスタートがスムーズにいかないこと、です」
「構え、見せて」
隼人先輩の言葉に、私はおずおずとバトンを受け取る時の構えを取る。授業で習った通りに構えられていると思うのだが、隼人先輩は私の構えをじっと見つめていた。
隼人先輩の視線を受けて、私は不意に今この空間に隼人先輩と自分の2人きりだと言うことを意識してしまった。すると今度は体育大会のことを考えていた時とは全く違うドキドキがやってくる。傍で先輩が私のことを見ている。そう思うだけで耳の奥で心臓の音が
そんなに長くはない時間のはずだったが、時間が止まったような錯覚に陥っていた時だった。
「バトンを受け取る時の体重、こっちにかけてみて」
ふいに肩に手を置かれ、隼人先輩は私の身体にぐっと力を入れると向きを変えた。私は突然のことで身体のバランスを崩してしまい、そのまま隼人先輩に背中を預ける形になってしまう。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて離れようとした時、先輩が低い声で耳元に囁く。
「そのままで」
その言葉は魔法のように私の身体を縛り付け、先輩から離れられなくした。背中から感じる隼人先輩の体温は温かく、私は心地よくてついつい身体を先輩に任せてしまう。
「視線は前だよ。前だけを見て」
うるさく鳴り響く心臓の音に混ざって先輩の低い声が響いてくる。私は言われた通りに前を見る。
「そう、そのまま。バトンを受け取ったらそのまま前だけを見て走り出して」
私は言われた通り、バトンを受け取った後に走り出す自分をイメージした。
気付けば体育大会への緊張はほぐれ、同時に背中に感じていたぬくもりもなくなった。隼人先輩が身体を離したのだ。そして上からいつもの隼人先輩の声が降ってくる。
「由菜ちゃん、呑み込みが早いね」
今の感覚を忘れないで、と言い残すと先輩は視聴覚室を出ていってしまった。私が時計を確認すると既にチャイムが鳴り終わった後で、間もなく午後の授業始まってしまう。私も急いで視聴覚室を出るのだった。
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