★体育大会の季節です!①

 初めての中間テストから1週間ほどが経った頃にテストの順位が返ってきた。私は247人中86位と言う結果に終わった。全体から見たら悪い順位ではないのだが、あれだけ勉強したのに、と思うと納得は出来なかった。

 その日のお昼休み。私は凛ちゃんと共にいつも通り昼食を摂っていた。するとそこへ杉浦さんがやってきた。


「何?凛。結局仲直りしたの?」


 少し驚きを含んだその声に、凛ちゃんが返事をする前に私が口を挟んだ。


「杉浦さん」


 私が声をかけると、杉浦さんは少し身構えた様子で、


「な、何よ」

「ありがとう」

「急に何?気持ち悪いんだけど」


 動揺している様子を隠すことなく、杉浦さんは言う。私は真面目にその質問に答えた。


「杉浦さんの言葉がなかったら、私は今こうして、凛ちゃんと一緒に居られなかったから。だから、ありがとう」

「ふ、ふん!」


 杉浦さんはそっぽを向くと、そのままその場を去っていった。残された凛ちゃんが私に声をかける。


「桃と何かあったの?」

「ん、ちょっとね。私が気付かなかったことのヒントをくれたの」


 にっこり笑って答える私の答えには、凛ちゃんはなんだか納得していない風だったが、深くは突っ込んでこなかった。代わりに、


「今日もジミー先輩のところに行くんでしょ?」

「うん、そのつもり」


 ジミー先輩とは、凛ちゃんが付けた隼人先輩のあだ名だった。地味だからジミー先輩。初めて聞いた時は大笑いしてしまったのを覚えている。


「由菜って真面目だよねぇ」


 呆れ気味に言う凛ちゃんの言葉に私は、


「だって、お兄ちゃんが困るのは嫌だから……」


 そう答えていた。でも何だか歯切れの悪さを感じる。凛ちゃんもそこを感じ取ったのか、


「本当にそれだけ?」


 真面目に返してきた。私はその凛ちゃんの目をしっかり見ていられないくらい動揺してしまう。そしてふと時計を見上げる。


「いけない!私、行ってくるね!」

「はいはい、いってらっしゃ~い」


 凛ちゃんの声を背中で聞きながら視聴覚室へと急いだ。




 最近の視聴覚室では静かで穏やかな時間が流れていた。私と隼人先輩は互いに読書をする。先輩が選んでくれた小説には挿絵がなく、文字だけが羅列られつされているため読むのに少々時間がかかる。しかしその分想像力を掻き立てられる表現が多く、私は色々なことを想像しながら小説を読んでいた。

 私は会話がないこの緩やかな時間がいつしか心地よく、大切なものへと変わっていったのを感じる。


「いらっしゃい」


 視聴覚室の扉を開けると、柔らかい笑顔の隼人先輩が待っていてくれる。この笑顔を見るとほっとするのだった。


「こんにちは」

「テストの結果はどうだった?そろそろ出る頃でしょ?」


 私が挨拶をすると、今日は珍しく先輩の方から会話をしてきてくれた。しかし内容はテストのこと。私がん~、と唸っていると、


「その様子だと、満足のいく結果じゃなかったんだね」

「はい……」


 ゴールデンウィーク返上でテスト範囲を必死に勉強した。せめて50位くらいには入りたかったのに。そんな話をしていると突然先輩が言う。


「ねぇ、由菜ちゃん。そんなに勉強して、満足のいく結果が残せたとして。その先に何があるのかな?」

「何って……、良い高校に入ること、じゃないですか?」

「良い高校、ねぇ。高校に入れたらそれで満足?そこがゴール?」

「先輩?」


 珍しく切羽詰まった先輩の声。私は何か声をかけたかったが、何も言葉が出てこなかった。


「ごめん。今の、忘れて」


 隼人先輩はそう言うと読書へと戻っていく。でも私は、その後の読書に集中できなかった。


(勉強をした先、か……)


 私は漠然と、高校受験のために勉強していると思っていた。だけど隼人先輩は私が遠い未来だと感じている高校受験と言うものを意識する、そんな現実に直面しているのかもしれない。

 私は漠然とした答えしか持ち合わせていない私と、現実に直面している先輩の間になんだか壁が出来てしまった様な気がして少し落ち込むのだった。




 お昼休みの後のこの日の5限の授業は、担任の遠山先生の社会だった。この5限目の社会と言う授業は、先生の独特な話し方もあって非常に眠くなるのだった。

 今日も睡魔との闘いを覚悟していた時だった。教壇の上の先生からは思いもよらない言葉が飛び出した。


「今回は、席替えをしたいと思います」


 その言葉を聞いた生徒たちからは一斉に歓声があがった。


「静かに。他のクラスはまだ授業中ですよ」


 先生が手を叩きながら注意をすると、教室内は一気に静かになる。


「では、くじ引きをしてください」


 先生はビニール袋を取り出すとシャカシャカと振った。クラスメイト達は我先にと列を作りだし、くじを引いていく。私も凛ちゃんと列に並び、自分の順番を待っていた。


「近いといいね、席」

「うん」


 ヒソヒソと会話をしていると自分たちの順番になる。私たちがくじを引いている間に、先生は慣れた手つきで黒板に席順を書き込んでいた。


「由菜、何番?」

「2番。凛ちゃんは?」

「17」


 そこで私たちはせーので黒板を見た。しばらく自分たちの番号を探していたが自分たちの番号を見つけた瞬間、私たちは思わず、


「「やったね」」


 ハイタッチをしていた。なんと、私の前の席が凛ちゃんだったのだ。しかも窓際と言う好条件だ。

 私たちのように、くじの結果に一喜一憂するクラスメイト達に、先生は言う。


「全員引きましたね?では移動を開始してください」


 先生のその言葉をきっかけにして、生徒たちの大移動が始まる。私も黒板と自分のくじの番号を再確認してから場所を移動していた。そして数分後、全員が新しい席につくと、隣になった男子から声をかけられた。


「隣、如月さんで良かった。杉浦が隣だったらどうしようかと……」


 その言葉が聞こえたのか、廊下側のいちばん前の席にいた杉浦さんが声を投げかけてくる。


「悠真ぁ~?どーゆー意味ぃ~?」

「そのまんまじゃ!」


 そんなやり取りをしているこの男子の名前は深谷悠真ふかやゆうまくん。元気いっぱいの野球部の男子だった。杉浦さんに言葉を返した深谷くんは少し照れた様子で私の隣に座った。


「ねぇねぇ、悠真くんって桃と同じ小学校だったんだよね?」


 凛ちゃんが身体をひねって言う。


「おう。鈴木さんは如月さんと同じだったんだろ?」

「うん!自慢の親友で~す!」


 凛ちゃんが臆することなくそんなことを言うから、私は顔が火照ってくる。


「そこ、うるさいですよ。鈴木さん、前を向きなさい」


 そんな私たちに先生から早速注意が入った。凛ちゃんは軽く肩をすくめると前を向く。そして教室内が落ち着きを取り戻した時だった。


「じゃあね、今日はこれから、体育大会の種目決めもやりますよ」


 先生はそう言うと黒板にあった席順を消して、今年の体育大会の種目を書き出し始める。

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