★二兎追う者は①

 テストが終わったあと、土日を挟んでから通常授業が始まった。

 通常授業はテスト返しがメインとなっていて、返される自分の答案用紙を見ては一喜一憂するクラスメイト達。

 私や凛ちゃんもそれは例外ではなかった。お昼休みの時間、話題は返されてくるテストの話になっていた。


「由菜ぁ、英語どうだったぁ~?」


 凛ちゃんが意気消沈気味の声を上げている。私はそんな凛ちゃんの様子を見て微笑ましく思っていた。


「私は普通、かな?」

「こっちは全然ダメだったぁ~……。小学校の所もテストに出てくるなんて反則じゃない?」


 力なくこちらを見る凛ちゃんに私はよしよし、と頭を撫でてあげる。

 そんな会話をしている所に、


「へぇ~?委員長、ライブに行ったのはテストが余裕だったからなのねぇ~?さっすが、優等生様ぁ~」


 杉浦桃子さんが現れた。杉浦さんの言葉に棘を感じつつも私は聞かなかったフリをする。しかし凛ちゃんはそうは行かなかった。


「ライブ?何の話?由菜」


 凛ちゃんのその言葉を聞いた杉浦さんは、あっれ~?ととぼけた声を上げていた。


「委員長の親友なのに凛は何も知らないの~?この人、テスト週間中に1人で隼斗のライブに来てたんだよ~?」


 杉浦さんの言葉を聞いた凛ちゃんは動きを止めて私を見つめてくる。


「何、それ」


 そこには凛ちゃんの静かな怒気が含まれていた。私は凛ちゃんの顔が見られずにいた。


「由菜って、本当身勝手すぎる」


 それだけを言い捨てると、凛ちゃんは席を立って教室を出ていってしまった。私は慌てて凛ちゃんの後を追いかけようと教室を出る。後ろからは杉浦さんのクスクスと笑う声が聞こえた。

 教室を出るとお昼休みにごった返す生徒の姿に紛れてしまって、凛ちゃんの姿は見当たらない。しばらく周辺を探していたが凛ちゃんの姿を見つけることは出来ず、私はトボトボと視聴覚室へと向かうのだった。

 



 視聴覚室の扉を開けると、そこには既に隼人先輩の姿があった。先輩は少し怒ったように言う。


「遅い」

「ごめんなさい。実は……」


 私はライブへ行ったことを親友にバラされてしまったことを話した。その結果凛ちゃんが怒ってしまったことも。


「私、これからどうしたらいいのか……」


 完全に肩を落としてしまう私に投げかけられた言葉は、


「そんなこと、俺の知ったこっちゃない、だね」

「え?」


 私は驚いて顔を上げた。隼人先輩は真面目な顔で私の顔を真っ直ぐ見てくれている。そして、


「1つ忠告してあげるよ、由菜ちゃん。人間が皆、自分と同じだなんて思い上がらないことだね」

「それって、どう言う意味ですか?」

「そのまま。もし意味が分からないなら、その凛ちゃんって子との関係は修復されないと思っておいた方がいい」


 私は隼人先輩が何を言っているのか全く分からなかった。隼人先輩は、気分が悪いと言い残すと、そのまま視聴覚室を出ていってしまう。残された私は先輩を追いかける気も起きず、1人考えを巡らせていた。


(みんなが私と同じだなんて、考えたことないのに……)


 隼人先輩はどうしてそんなことを言ってきたんだろうか。


(思い上がるな、か……)


 私はポケットからケータイを取り出して、とりあえず『思い上がる』と検索をかけた。検索結果の意味は『うぬぼれる、いい気になる、調子に乗る、図に乗る』など。どれもやはり良い意味ではない。想像できていた分、ショックは少なかった。言葉の意味は理解できた。しかし先輩が何を言おうとしているのかまでは分からない。


(言葉の意味通りなら、私が皆は私と同じってうぬぼれていて、いい気になっていて、調子に乗っていて…ってこと?)


 そんなことは考えたこともなかった。


(もしかして、周りには私のことがそう見えているってこと?)


 私は誰もいない静かな視聴覚室でぐるぐると考えを巡らせていた。しかしこの休み時間中に納得のいく答えが導き出されることはなく、午後の授業が始まっていった。

 午後の授業中も隼人先輩からの言葉がぐるぐると頭の中を巡っていて集中できない。

 周りに自分がどう映っているかなんて考えたこともなかった。そう言えば、凛ちゃんは私のことを『身勝手すぎる』と言っていた。凛ちゃんにはそう映っているって意味なんだろうか?

 私は放課後、帰ろうとしていた凛ちゃんを呼び止めていた。


「凛ちゃん!」

「何?」


 不機嫌さを隠そうともしない凛ちゃんは、私の方を見てもくれなかった。それでも私は言葉をかけていく。


「私、そんなに身勝手だったかな?それとも凛ちゃんには、私はそう映っているってことなのかな?」

「何それ。由菜、それ本気で言っているの?」


 凛ちゃんの声は低く、それだけで凛ちゃんの顔を見なくても怒っていることが伝わってくる。でも凛ちゃんにもし、私のことが身勝手と映っているのなら、それは誤解だから解きたかった。私は凛ちゃんの問いかけに大真面目に答えた。


「本気だよ」


 すると、凛ちゃんが振り返った。ようやく顔を見せてくれた凛ちゃんは、


「馬鹿にしないで!由菜のそう言うところ、理解しているつもりだったけど、もう無理!じゃあね!」


 そう言って教室を飛び出してしまった。

 凛ちゃんは、泣きそうな顔をしていた。どうして?どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?凛ちゃん。

 呆然と立ち尽くしていると後ろから声をかけられた。


「委員長~、ケンカぁ~?」


 この人を見下した言い方は、杉浦さんだ。相変わらず、私のことを馬鹿にしたみたいにクスクスと笑っている。

 私はふつふつと怒りを覚えた。全ての始まりはこの人だった。この人が凛ちゃんに余計な事を話さなければ……!

 私はこぶしを握って、怒りに任せて声を荒げていた。

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