★2人の時間③

 そして私はふと、このチケットを渡してくれた日の隼人先輩のことを思い出してしまった。頭を撫でてくれた時の感触が蘇り、誰もいない部屋の中で赤面してしまう。



(お兄ちゃんと同じことされたのに、お兄ちゃんとは全然違ったな……)

 私は1人、頭の上に手を置く。そのままベッドへと戻ってお兄ちゃんと隼人先輩との違いを考えていた。だけど、決定的な違いを見いだせないままいつの間にか眠りについていたのだった。




 翌日。


(うわっ!ヤバイ!寝過ぎたぁ~!)


 私は慌てていた。予定時刻よりも1時間も多く寝てしまっていた。急いで顔を洗ってライブに行く準備を始める。コーディネートが決まっていたこともあり、何とか家を出る予定の時間には間に合った。


「いってきまーす!」


 余裕をもってお昼には家を出る。今日はいつも縛っている髪をおろしていた。少し大人びた自分の視線は厚底のローファーのお陰で、普段見ている景色とは違っていた。世界がいつもよりも低い位置にある。そのため普段見えないものが見えていた。何だか楽しくなって足取りも軽くライブハウスへと向かう。

 凛ちゃんと一緒に行ったライブハウスと同じ場所でのライブだったが、地下鉄の駅から少し歩くため、私は迷ってしまった。


(確か、この交差点を左で……)


 記憶を頼りにして何とかライブハウスへと到着することが出来た。開場前のライブハウスの前には何人かの女の子たちの列が出来ていた。

 私もみんなにならって列に並ぼうとした時だった。


「委員長?やっぱり、委員長じゃん!」


 突然後ろから声をかけられて振り返る。そこには学校の制服姿とは違い、派手な格好をした杉浦さんの姿があった。


「杉浦さん?」


 杉浦さんは肩から胸にかけてザックリと開いたゼブラ柄のロングパーカーを着ていた。インナーは黄色のキャミソール。下はオレンジのショートパンツを履いている。肩までの長さの髪の毛を綺麗に巻いており、グレーのカラコンを入れた目の周りはつけまつ毛でバッチリメイクしている。

 いわゆる、ギャルファッションと言うものだ。私が驚いていると、


「驚いた~!委員長ってガリ勉タイプだって思ってたから、テスト週間中にライブに来るなんて意外~!」


 私はその言葉に少しとげを感じてしまう。きっと杉浦さんに悪気はない。そう分かっていても、沈んでいく心は正直だった。


「しかもスッピンなんて、ウケる~!せっかくの服が泣いてるよ~?」


 バッチリメイクを決めている杉浦さんの言葉には重みがあった。私の心にずしりとおもりを乗せてくる。私が何も言えずにいると、


「桃子~!開いたよ~?」


 杉浦さんの後ろから声が聞こえてきた。


「分かった、今行く~!」


 杉浦さんは後ろの子たちに返事を返すと、


「じゃあ委員長。ライブ、楽しもうね」


 そう言って走って行ってしまった。

 残された私も慌てて開場したライブハウスへと続く列に並ぶのだった。




 ライブハウスの中は以前凛ちゃんと来た時と同じくあまり広くはなかった。隼人先輩のバンドは今回もいちばんに演奏するようで、前回と同じく下手しもては気合いの入った女の子たちがすし詰め状態だった。

 私は1人と言うこともあり、今回は後ろの方で観る。

 客席の照明が落とされると同時に、歓声が上がる。そして隼人先輩の登場と同時に悲鳴にも似た黄色い声が上がった。


(先輩、相変わらず凄い人気だ……)


 後ろから観ていることもあり、ステージの全体とお客さんの動きが良く見えた。隼人先輩は黄色い歓声を上げる女の子たちに笑顔で応えていた。

 バンドのメンバーが全員ステージに集まると演奏が始まった。

 私は以前のように音楽に乗ることが出来ずにいた。先ほど杉浦さんに言われた言葉が気になっていたからだ。


(ガリ勉にスッピン、か……)


 ぼーっと隼人先輩を目で追っていた時だった。




 ばちっ!




 ステージの上の隼人先輩と目が合う。


(嘘っ?)


 驚いて先輩を見つめていると、隼人先輩は屈託くったくのない笑顔を私に見せてくれる。

 私もその笑顔につられるように、気付けば笑顔を返していた。

 バンドの演奏は続いていく。


(そうだ、せっかく誘って貰ったんだ。楽しもう!)


 私は気持ちを切り替えてベースとドラムのリズムに乗ってライブを楽しんだ。そしてあっという間にステージが終わる。


(スッキリした……。音楽って凄い……)


 私はいつの間にか杉浦さんに言われたことをどうでもいいことのように感じていたのだった。

 ステージが終わって、私の周りに女の子たちが集まってくる。


(そうか、この後物販だって、凛ちゃんが言ってたな)


 私は先ほどステージの上の先輩と目が合ったこともあり、気恥しくなって帰りの支度を始める。

 そして帰ろうとライブハウスの扉を開け、受付の隣を通り過ぎようとした時だった。


「あれ?帰るの?」


 突然聞き覚えのある声が降ってきた。驚いて振り返ると、そこにはステージ衣装に身を包んだ隼人先輩の姿がメンバーと一緒にあった。


「あ……」


 私が言葉に詰まっていると、先輩はにっこりと微笑んで声をかけてくれた。


「気を付けて帰ってね」


 そして先ほど私が開いた扉を開いて中へと消えていった。

 先輩に言いたいことはたくさんあったはずなのに、学校では見せてくれない笑顔を前に言葉が出てこなくなった。代わりに心臓がドクドクと脈打ち出す。


(どうして……?)


 訳が分からないまま、私は帰路に着くのだった。




 ゴールデンウィークが明けるとすぐにテストが始まった。

 私は問題用紙と解答用紙を前に緊張しながら答えを記入していく。勉強していたこともあり、スラスラとまではいかなくてもほとんどの解答欄を埋めることが出来た。

 2日間のテストが終わりを告げようとしていた。私はライブでリフレッシュ出来たこともあってか、集中して過ごすことが出来たのだった。

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