★2人の時間②

「あわわ……!ごめんなさい!」


 気だるげな視線を受け止めた私は恥ずかしさから顔をうつむかせてしまう。学校では見てはいけないものを見たような気がする。

 ドキドキする心臓の音を聞きながら下を向いていたら突然視界に、端正な隼人先輩の顔が映り込む。隼人先輩は私の顔を下から覗きこんでいるようだった。突然の展開に心臓の音はドキドキからバクバクに変わる。

 隼人先輩はニヤリと笑うと、


「どうしたのかな?由菜ちゃん」


 ステージの上で見せる笑顔とはまた違う、イタズラっ子のような笑みを浮かべながら顔を少しずつ近付けてくる隼人先輩。


(顔!顔近いよ!)


 私はとうとう耐えられずにきゅっと目をつぶる。

 隼人先輩はそんな私の反応を楽しんだのか、ふっと笑うと、


「冗談」


 そう言って顔を離してくれた。まだ心臓がバクバクしている。その時、




 キーンコーンカーンコーン




 午後の授業が始まる前のチャイムが鳴る。

 隼人先輩は髪をかき上げて黒板の上にある時計を見上げた。


「授業が始まるね。続きはテスト明けにね」

「え?」


 思わず隼人先輩の顔を見やると、先輩は眼鏡をかけなおしながら言う。


「ゴールデンウィークが明けたらすぐにテストでしょ?テスト期間中は半日だから」


 だから、次に会えるのはテストが明けてから、と言うことらしい。私はなんだか残念な気持ちになった。


(せっかく、話せるようになったのに……)


 そう思っていても、時間は待ってはくれない。隼人先輩は眼鏡をかけなおし、前髪で目元を隠してから言う。


「初めてのテスト、頑張って」


 そして私の頭をぽんぽんとしてくれる。

 先輩のその動作で、私の心臓は再び一瞬で跳ねあがる。隼人先輩はそのまま振り返ることなく視聴覚室を後にした。

 残った私は隼人先輩の手の感触が残る頭に手をやる。


(お兄ちゃんにされる時とは、何か違う……)


 しばらくぼーっとしていたが、私ははっと気付いて急いで教室へと戻る。午後の授業に遅れてしまう。

 結局、お兄ちゃんとの違いには気付かないままだった。




 それからすぐにゴールデンウィークが始まった。テスト週間中と言うこともあり部活は一切なく、休みの日は丸々1日勉強に費やすことが出来たのだった。

 私は勉強をしていても、ついつい隼人先輩のことを考えてしまっていた。


(テストで会えないのが……、ツライ……)


 せっかく話せるようになったのに、そんな思いが強くあった。


(でも、ライブで会えるし……!)


 私はそう自分を奮い立たせて机に向かっていた。

 テスト範囲もすでに発表されており、今回の中間テストでは今までの授業範囲のみならず、小学校の総復習もテスト範囲として指定されていた。そのため勉強することはたくさんあった。そうこうしているうちにあっという間に1日1日が過ぎていき、いよいよ明日はライブの当日になろうとしていた。

 私はまだ家族にライブのことを言えずにいた。多分、反対されてしまうだろう。そんな予想があったからだ。

 しかしそうも言っていられない。私は夕食時に思い切ってお母さんに話をすることにした。


「ねぇ、お母さん」

「なぁに?」

「明日なんだけど、どうしても行きたいライブがあって……。行ってもいいかな?」

「明日って……」


 お母さんの表情が曇るのが分かった。これは、予想通り反対されるだろう。


「由菜、あなた、テスト期間中でしょう?遊ぶための休みじゃないのよ?」


 予想的中。お母さんは渋い顔で私をさとすように言う。私は思わず俯いてしまう。そんな私の様子に気付いたお兄ちゃんが口を挟んだ。


「まぁまぁ母さん。この休み中、由菜は頑張って1日中勉強していたよ?明日1日くらい息抜きさせてもいいんじゃないかな?」

「佑希……」


 お兄ちゃんの言葉を受けたお母さんが少し考える風に言葉を切った。そして私に向かって、


「確かに、息抜きは必要ね。いい、由菜。なるべく早く帰って来なさい」

「ありがとう、お母さん!お兄ちゃんもありがとう!」


 お兄ちゃんの言葉のお陰で私は無事にライブへ行けることになった。

 私が隼人先輩のいる視聴覚室通いを始めてからも、お兄ちゃんの態度は全く変わらず、以前のままだった。きっと隼人先輩は私との約束を守ってくれているのだろう。

 そんな隼人先輩からのお誘いのライブだ。どうしても行きたいと思っていた。明日のコーディネートはもう決まっている。以前お兄ちゃんに買って貰ったものだ。洋服と一緒に買って貰っていたローファーは少しずつ履いていたので、大分足に馴染んできていた。


 明日はいよいよ隼人先輩に会える。しかも、ステージの上の隼人先輩に。それを考えているだけで私はなかなか寝付くことが出来なかった。

 もぞもぞと1度ベッドを抜け出すと、隼人先輩から手渡されたチケットを見る。日付は間違いなく明日になっていた。開場時間は15時30分。開演時間は16時となっている。受付の時間を考えたら、やはり開場時間に間に合うようにライブハウスへと行きたい。

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