★最悪な出会いの成立②

「由菜ちゃん、ね。話はそれだけ?」


 それじゃあ、と話を切り上げようとする隼斗さんを、私はすぐさま引きとめていた。


「待ってください!」


 私の声に隼斗さんは何?と振り返った。


「兄との関係を、壊さないでください」


 私は懇願こんがんするように隼斗さんに言う。街で見たお兄ちゃんと隼斗さんはとても良い関係に見えた。


「確かに兄は、うっかり口を滑らせました。でもそれは、私が前日の隼斗さんのライブを見ていたからで……」

「へぇ~?」


 そこで隼斗さんは身体ごとこちらに向けて話を聞いてくれる。

 私があのライブで感じた感情がなんなのかは分からなかった。だけど、凄く興味を惹かれたのは確かだった。だからうっかり聞いてしまったのだ、あの人は誰?と。


「兄は、そんな私にただ、先輩だぞ、としか言ってませんでした。兄なりに最小限の情報にとどめようとしていたのかもしれません」


 私は段々と視線が俯いてしまう。だけど、これだけは伝えたかった。


「兄は、とても優しい人です!そんな兄を、傷付けたくない。だからお願いします!兄との関係を、壊さないでください!」


 私はしっかりと隼斗さんの目をみて訴えたけども、最後には深々と頭を下げる。今、隼斗さんはどんな顔をしているのだろうか。分からなかったけれど、隼斗さんが良いと言うまで頭を下げているつもりだった。


「顔を上げなよ、由菜ちゃん」


 隼斗さんから声をかけられて、私は恐る恐る顔を上げる。するとすぐ傍に隼斗さんの顔があった。

 隼斗さんは自分の右手を私の頬にあてる。私はそれだけでびくっと身体が震えてしまう。そんな私の様子に気付いているのかいないのか、隼斗さんはにっこりと笑った。でも目は笑っていない。そのまま隼斗さんは口を開く。


「いいよ。佑希先生とは今までと同じように付き合っていくよ」


 代わりに、そう続いて耳元で囁かれた言葉に私は目を大きく見開いてしまう。


「もちろん、イヤだなんて言わないよね」


 にっこりと笑顔で言われても、私は言葉が出てこなかった。

 私の沈黙を肯定と受け取った隼斗さんは満足そうにその笑顔を深くする。


「決まりだな」


 そして私の傍を離れる。

 私はその時、恐怖とは違う心臓の高鳴りに気付いた。隼斗さんからの言葉を飲み込むことが出来るようになった頃には、顔が真っ赤になるのが分かった。


「じゃあ、そう言うことで。由菜ちゃん、またね」


 隼斗さんはそれだけ言い残すと視聴覚室を後にする。残された私はぼーっとする頭のまま教室へと戻るのだった。

 教室に戻った私を迎えたのは心配そうな凛ちゃんの声だった。


「由菜!って、あれ?どうしたの?顔、真っ赤だよ?」


 凛ちゃんの声がどこか遠くで聞こえてくる。私は傍にいるはずの凛ちゃんに、


「ごめん、今はそっとしておいて欲しいの」


 それだけ言うと自分の席へと戻っていく。

 私の頭の中では先ほどまでの視聴覚室での出来事がエンドレスで繰り返されていた。

 隼斗さんは私の耳元で低く囁いた。


『代わりに、俺と付き合ってよ』


 生まれて初めての告白だった。もちろん、隼斗さんが本気ではないことくらい理解しているつもりだ。頭では分かっていた。だけど、感情が全く言うことを聞いてくれない。

 あの時の隼斗さんの声が永遠とリピートされる。低く、男の人の声で囁かれた言葉を思い返すたびに私の心臓はうるさく鼓動する。顔は自然と火が出るのではないかと思わせるほど、熱くなるのだった。


『手始めに、明日から毎日昼休みにここに来てよ。出来るよね?』


 私から離れた隼斗さんの言葉だ。

 私は明日から、お昼に視聴覚室へ通うことになってしまった。


(私、これからどうなっちゃうの?)


 この先のことを考えると不安しかなかった。

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