★最悪な出会いの成立①
翌日、私が朝の練習を終えて教室へ行くと、珍しく凛ちゃんがいた。いつもは遅刻ギリギリで登校する凛ちゃんが、今朝は何やら神妙な面持ちで私に挨拶をしてくれた。
「由菜、おはよう」
「おはよう、凛ちゃん。どうしたの?珍しいね」
「由菜のことが気になったんだよ!隼斗探し、今日もやる?やるなら付き合うけど」
その言葉に、私は昨日凛ちゃんに心配をかけていたのかもしれないと気付く。しかし昨日の放課後の出来事を凛ちゃんに話すわけにはいかない。隼斗さん自身が嫌がっていた。何より、お兄ちゃんと隼斗さんの関係性を壊しかねない。
私は笑顔を作ると、
「それはもう大丈夫。やっぱり、私の勘違いだったのかもしれないし」
そう凛ちゃんに伝えるだけで精一杯だった。凛ちゃんは納得していない様子だったけど、
「由菜がそう言うなら……」
と言って、深く追求してこなかった。
(凛ちゃん、ごめんね)
私は心の中で凛ちゃんに謝るのだった。
昨夜一晩私は考えていた。
どうしたらお兄ちゃんに迷惑をかけずに隼斗さんに納得してもらえるのか。昨日は私の話を聞いてはくれなかったし、そんな雰囲気でもなかった。
(やっぱり、
名前も知らない3年生を探すのは容易ではないことくらい分かっている。けれど、このままにしておくことも出来なかった。
(何とか、お兄ちゃんのことだけでも納得して貰わないと)
そう決意して、私は1人で隼斗さん探しを再開することにした。
2限目の授業が終わり、長めの休み時間になると、私はすぐに教室を飛び出して3年生の教室へと急いだ。3階まで駆け上がると少し息が上がる。でも今はそれに構っていられなかった。
7クラスある3年生の教室を1つ1つ確かめていく。隼斗さんらしき人の姿は見られなかった。
(隣の教室棟かな……)
私が隣の教室棟へと移動しようとした時だった。
「こんにちは。あなた、1年生?」
突然背後から女の人に声をかけられた。振り返ると、ストレートのショートボブヘアーで化粧っけのない、健康的な印象の美人な先輩が立っていた。
「あ、はい。ちょっと人を探していて……」
私は一瞬その先輩に見とれてしまったが、すぐに返答を返す。そして隼斗さんの特徴を話した。もちろん、隼斗さんの名前は出してはいない。外見の特徴だけを伝える。
その先輩は私の話を聞いた後、少し考える風に口を開いた。
「あなたは、その人に会って何がしたいの?」
私はその問いかけに、ゆっくりと言葉を選んで答えていく。
「実は昨日、私はその人を怒らせてしまったんです。私に怒るだけなら良かったんですけど、兄にもそのことで迷惑をかけそうだったので、兄は関係ないんだってことを伝えたくて」
真剣な先輩の視線を私は真っ直ぐに受け止める。真顔だった先輩は私の言葉を聞くとふっと表情を和らげると、
「私、
「本当ですか?ありがとうございます、藤原先輩!」
私は嬉しさのあまり表情が明るくなる。私の弾んだ声に藤原先輩は微苦笑すると、
「遥でいいよ」
「私、如月由菜って言います!」
「由菜ちゃんね。分かった。ついて来て」
活発そうな遥先輩の後について歩く。遥先輩は多くを語らずに3年生の教室の前に私を案内してくれた。
「ここでちょっと待ってて」
そう言い残すと、遥先輩は教室の中へと消えていく。私はこれから出てくるであろう隼斗さんのことを思うと、昨日の恐怖が蘇り、心臓がドクドクと鳴り出していた。
しばらく自分の鼓動を聞いていると、隼斗さんを連れた遥先輩が戻ってきてくれる。
私の姿を認めたのだろう、隼斗さんが驚いたように目を見開いているのが分かった。
「君は……」
「こんにちは、先輩」
私の鼓動の音は最高潮に達していた。ドクドクとうるさく鳴り響く鼓動に耳を貸さないように、私は真っ直ぐと隼斗さんの目を見る。
「先輩にお話ししたいことがあります。お昼休み、お時間貰えないですか」
私の言葉を聞いた隼斗さんは、少し意地悪そうに
「分かった。昼休みに昨日の教室で待っててあげる」
そう言ってくれた。昨日の教室と言うことは、視聴覚室のことだ。
「ありがとうございます。じゃあ、私はこれで」
私はぺこりと一礼すると、その場を後にした。冷静さを装って隼斗さんと会話をしていたけれど、内心はバクバクとうるさく鳴る心臓の音と昨日の恐怖に震えそうになっていた。
それでも、私は約束を取り付けられたことに大きな一歩を感じるのだった。
4限目の授業が終わるととうとうお昼休みの時間になる。今日は教室でお弁当を食べることにした。食べ終わったらすぐに視聴覚室へと行くつもりだったからだ。
「由菜……、そんなにがっついて、お腹空いてたの?」
凛ちゃんが呆れた声で私に問いかけてくる。
「そう言うわけじゃないんだけどね」
言いながらも、私の箸は止まらない。そして、
「ごちそうさまでした!」
「えっ?もう?」
驚く凛ちゃんをよそに、私はさっさとお弁当箱を片付けていく。
「ごめん、凛ちゃん。私これから約束があってさ」
「えっ?約束って……」
何?と言う凛ちゃんの言葉を背中で聞きながら、私は教室を飛び出していた。急いで視聴覚室へと向かう。
お昼休みの特別教室棟には生徒が近寄っている様子もなく、昨日の放課後同様に
「どうぞ」
中からくぐもった声が聞こえてきた。隼斗さんのものだ。私は視聴覚室の扉を開けて、中へと入っていった。
「こんにちは」
「こんにちは……」
冷めた笑顔で挨拶をしてくれた隼斗さんに挨拶を返す。隼斗さんは視聴覚室の窓を背にして立っていた。私は昨日と同じ2人きりの空間と言うことで警戒し、いつでも出ていけるように出入口の扉を背にし、隼斗さんと向かい合った。
そんな私の様子がおかしかったのか、隼斗さんはクスクスと笑っていた。
「そんなに警戒されると傷付くなぁ」
尚もおかしそうにクスクスと笑いながら言う隼斗さんに対して、昨日の恐怖が蘇る。身体がガクガクと震え出しそうになった。
(しっかりしろ!由菜!)
私は私を
「それで、話って?」
隼斗さんは窓辺から動くことなく、クスクス笑いをやめると冷たい視線と一緒に言葉を投げかけてくる。私は恐怖の中、その視線をしっかりと受け止める。そして勇気を出して、言葉を選んで声を出した。
「隼斗さんは、一体何が怖くて、そんなに怒っているんですか?」
お兄ちゃんとの関係も気になっていた。だけど、それ以上に気になっていたもの。昨日の夜、ずっと考えていたことが先に口をついた。恐怖しか感じなかった昨日の隼斗さんの脅し。でも、その裏には何かがあるんじゃないか。ただ、お兄ちゃんに個人情報を漏らされたことへの怒り以外の何かがあるように感じていた。
(だって、ステージの上の隼斗さんは凄く自然に笑っていたから……)
それに、楽器を持って練習から帰る途中だったと言うあの日の偶然出会った隼斗さん。あの日の隼斗さんも凄く自然だった。昨日の隼斗さんは作り物のように感じていたのだった。
私の問いかけを受けた隼斗さんは一瞬何を聞かれたのか理解出来なかったようだった。しばらくパチパチと
「君、面白いね」
目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、隼斗さんはそんなことを言う。私は黙ってその様子を見守るしか出来なかった。
「君、名前は?」
「如月由菜です」
突然の問いかけに咄嗟に答えていた。
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