★隼斗を探せ!②
それから午後の授業が始まる。私はどこか上の空で先生の話を聞いていた。今日はなんだか自分でも良く分からないショックな出来事の連続のように感じていた。親友の凛ちゃんはどこか遠くへと行ってしまうような錯覚に陥るし、隼斗さんは見付からないし。
そんなことを考えているうちに、授業はいつの間にか終わり放課後になっていた。
「
授業後、私は先生に呼ばれていた。
「はい!」
「悪いが、このプリントを職員室の先生の机の上に運んで置いてくれ」
「分かりました」
学級委員長と言っても先生の雑用を手伝うことが多かったので、この日もその
「失礼しました」
私は職員室の中に一礼してその場を後にする。そのまま教室に戻る気にもならず、少し校内をぶらぶらすることにした。
体育館近くを歩いている時だった。
(あ、あの人……!)
近くのプールサイドを歩いている人影を発見し、私の鼓動は一気に跳ね上がった。
その人は午前中の休み時間に凛ちゃんと一緒に、特別教室棟に続く渡り廊下で見かけた男の人だった。私はその人のことが気になって、慌てて駆け寄る。そんな私の足音に気付いたのか、その人は立ち止まってゆっくりと振り返る。
「あの、僕に何か……?」
その人は午前中に見かけた時と同じ、シルバーの縁取りがされた眼鏡と前髪で目元を隠しているように感じた。しかしその隙間から見える瞳は太陽の光を反射して綺麗な薄茶色をしていた。まるで吸い込まれそうになる、そんなことを思わせるその瞳に、私は覚えがあった。
「あの……」
私が何も言わずにじっと見つめていたため、その人は困惑気味に声をかけてくれる。その
私は意を決して口を開いた。
「あの、あなた、バンドマンの隼斗さん、ですよね?」
それは確信にも似た疑問だった。目の前の男の人は私の言葉を聞いて、目を白黒させていた。そしてしばらくすると、ぷっと吹き出した。
「それ、人違いですよ」
あはは、と笑いながら言うその人に、私は必死に言い
「嘘!だって、昨日お兄ちゃんと話していた時と同じ声だもの」
「お兄ちゃん?」
「如月佑希は、私の兄です!」
この私の言葉が決定打となった。目の前の男の人は今までの笑いをやめると、代わりに困ったような表情になって両手を挙げる。
「参った、降参だよ」
その言葉は私が今日1日探し求めていた人物だと言うことの証明となった。
「まさか、同じ学校に佑希先生の妹さんがいるなんてね」
そして彼は私に、場所を変えよう、と言って移動を始めた。私はようやく見付けることが出来た隼斗さんを目の前に浮かれていた。
(やっと、見付けた……!お兄ちゃんは嘘をついてなかったんだ)
そんな思いの中、隼斗さんの後ろをついて歩く。
いつの間にか下校準備をしていた生徒の姿がなくなる。私は特別教室棟の視聴覚室へと案内されていた。
「入って」
教室の扉を開いて隼斗さんが言う。私は何だかドキドキしながら中へと入った。
(ちょっと待って!今、私、隼斗さんと2人きりなのでは……?)
その事実に気付いた時、私の鼓動は爆発しそうな程早くなる。誰もいない校舎の誰もいない視聴覚室に今、探していた人と2人きり……。
(ど、どうしよう……)
意識し出すともうダメだった。高鳴る鼓動がうるさく頭に響いてくる。
先ほどまでしっかり見ていられた隼斗さんの顔も真っ直ぐ見られなくなって、私は視聴覚室の黒板を背に
そして教室の扉が閉められる。
ガチャ……
(嘘っ!今、鍵かけたのっ?)
その音にこれから何が始まるのか、私の頭はパニックになる。そして凛ちゃんの言葉が蘇る。
『隼斗って、めちゃくちゃ女癖が悪いって……』
その言葉を思い出した私は良からぬことを想像してしまう。
(いやでも、そんなこと、まさか……)
バクバクとうるさい心臓の音の中、隼斗さんが近付いてくる気配がする。そして、
ドン!
私の後ろの黒板へと手をついた。至近距離にある綺麗な顔を前に、私の頬がみるみる
私は思わずぎゅっと目をつぶる。すると、目の前から声が降ってきた。
「何が望み?」
(え?)
私は一瞬、何を言われたのか分からなくなった。思わずつぶっていた目を開ける。そこには少し
「わざわざ俺を探し出して、何が狙い?」
「そんなの、ありません……」
私はこの時、生まれて初めて男の人が怖いと感じた。思わず消え入りそうな声で答える。
「へぇ~?」
その言葉と瞳からは、隼斗さんの深い怒りが感じられた。
「佑希先生も人が悪いよね。バラしちゃうなんて」
「そんなことありません!」
「どうして?自分の妹に生徒の情報をバラしたんでしょ?」
なおもお兄ちゃんを軽蔑したような言い方に、私は言い募る。
「それは!私がお兄ちゃんに聞いちゃったからで……」
だから悪いのは私だ。お兄ちゃんは関係ない。そう言おうとする前に、隼斗さんが口を開いた。
「バレた事実は変わらないからね。いい?俺が『隼斗』だってこと、誰にも言うなよ」
怒りの瞳のまま、ぐっと私に顔を近付けて言うそれは、有無を言わさない強制力のある言葉だった。私は恐怖で頷くことしかできない。
こくり、と私が頷いたのを認めた隼斗さんは、ようやく私を解放してくれる。視聴覚室の出口へと向かうと、鍵を開け、
「話はそれだけ、じゃあね」
そう言い残すと視聴覚室を後にした。残された私は全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込む。
(今のは、何だったの?)
そこにはただ、恐怖だけが残っていたのだった。
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