★隼斗を探せ!①

 翌日はいつもより早くに目が覚めた。私はオーケストラ部の朝の練習へと向かう。


(凛ちゃん、来てるかな……)


 ソワソワする気持ちが抑えきれなかった。登校直後に弓道場を覗く。しかし朝の練習に凛ちゃんの姿は見られなかった。


(いるわけ、ないか……)


 少しがっかりした気持ちのまま、音楽室へと向かう。そしてそのまま朝の練習をするのだった。




 凛ちゃんが教室に姿を現したのは遅刻ギリギリの時間だった。私は思わず、1限の授業の後に凛ちゃんに詰め寄っていた。


「ちょっと、凛ちゃん!昨日の約束、忘れてない?」

「隼斗探しでしょ~?覚えてるよ」


 ふあぁ~、とあくびをする凛ちゃんにはまるで緊張感がなかった。私はそんな凛ちゃんへ珍しく苛立ちを覚える。


「なんでそんなにやる気ないの?凛ちゃん!」

「だってさぁ~……。まぁいいや。由菜こそ何?そんなに隼斗が気になっちゃうの~?」


 少しからかい気味の声音で凛ちゃんが私の顔を覗いてくる。私は思わず俯いてしまった。自分の顔が赤くなるのが分かる。そんな私の様子を見てか、凛ちゃんの真剣な声音が飛んでくる。


「ま、いいけど。隼斗、探すんでしょ?次の休み時間でいい?長いし」

「あ、うん!お願い!」


 自分のことに精一杯で、この時の凛ちゃんがどんな表情をしていたのか、私ははっきりと見ていなかったのだった。ただ、凛ちゃんの声音だけが何だか引っかかっていた。

 2限目が終わると、私たちは少し長めの休憩時間になる。凛ちゃんと私はその時間を利用して3年生の教室前にいた。3年生の先輩たちは、皆一様に身長が高く、大人びて見える。私は場違い感に少し怖気づいてしまうが、


「ここまで来て、何ビビってんのよ」


 と凛ちゃんに叱咤しったされてしまった。


(そうだ、隼斗さんがこの中に居るかもしれないんだ!)


 私はそう思いなおすと、きょろきょろと辺りを見回した。3年生の教室を覗き込んでみてもそれらしい姿は見当たらない。

 そんな私たちの後ろからは3年生たちの声が聞こえてきた。


「見て、1年生よ。誰か探してるのかな?」

「可愛い~」


 そんな先輩たちの間をかき分けながら全ての教室を覗き終わると、


「やっぱり居ないよ。由菜の聞き間違いだったんじゃないの?」


 と凛ちゃんに言われてしまった。確かに、全ての教室を覗いたが、隼斗さんらしき人の姿は見つからない。

 私が段々と自信を失ってきた頃、


「あ、凛ちゃんあの人!」


 特別教室棟に続く渡り廊下で女の先輩と話をしている1人の人影を見つけた。


「ちょっと由菜ぁ~、それ、本気で言っているの?」


 私が指さした方を見た凛ちゃんが呆れかえった声を上げる。

 そこにいた人物は制服の学ランのボタンをしっかりと上までしめており、目元はシルバーの縁取りがされた眼鏡をかけていた。長い前髪で目元は隠れており、襟足は学ランの肩につくかつかないかくらいだった。少し暗い雰囲気のある男子学生を見た凛ちゃんは、


「あんな地味な先輩が隼斗なわけないじゃん!」


 と私の意見を一蹴いっしゅうした。

 ほら、次見に行くよ!と言って私は凛ちゃんに手を引かれる。




 休み時間を使った捜索は結局失敗に終わってしまった。隼斗さんらしき人は全く見つからず、やはり自分の聞き間違いだったのだろうか?と私は完全に自信をなくしていたのだった。

 意気消沈して自分たちの教室へと戻る。すると遠くから声をかけられた。


「あ、委員長!どこ行ってたの?先生が呼んでたよ」

「桃!実は、隼斗を探しに3年生の教室に行ってたの~」


 私に声をかけてきたのは杉浦桃子さんだった。凛ちゃんは明るい声でそんな杉浦さんと会話をしている。


「隼斗?って、あの隼斗?」

「そう。桃、何か知らない?」


 凛ちゃんの問いかけに杉浦さんは突然爆笑する。


「あはははは!こんな所にいるわけないじゃん!」


 杉浦さんは本当に面白そうに笑いながら言う。


「隼斗って、高校生ってウワサだし」


 ひーひーと呼吸を整えながら言う杉浦さんに、凛ちゃんはだよねー、と相槌あいづちを打つ。

 2人はいつの間にか仲良くなっていた。そして会話が盛り上がっていく。私は蚊帳かやの外にいる気分になった。意気消沈していた上になんだか寂しさを感じる。


(そう言えば、先生が呼んでるんだっけ……?)


 私は会話が弾む2人からそっと離れると、教室を出て先生を探しに行くのだった。




 午前の授業が全て終わり、お昼ご飯の時間になった。私は凛ちゃんとお弁当を持って中庭へと来ていた。


「やっぱり何かの間違いだよ、由菜」

「そうかなぁ~?」


 この時の話の中心は自然と隼斗さんのことになっていく。


「由菜も聞いたでしょ?隼斗はそもそも中学生じゃなくて高校生だって」

「でもそれ、ウワサでしょう?」

「そうだけど……」


 凛ちゃんはそこで少し考える風になったが、意を決したように口を開いた。


「あのね、由菜。あくまでこっちもウワサなんだけどね……」


 そう言って声をひそめる。私たちは自然と顔を突き合わせる形となった。


「隼斗、ベースの腕は凄くいいけど、性格に問題があるんだって」

「問題?どんな?」

「それは……」


 凛ちゃんは言いにくそうに答えてくれた。

 隼斗さんは非常に女癖が悪い、とのことだった。


「だから、あまり深くは関わらない方がいいって……」

「そのウワサ、誰から聞いたの?」

「桃だけど?」

「杉浦さん……。いつの間にそんなに仲良くなったの?」


 私は普段から疑問に思っていたことを口にする。中学入学時には全く杉浦さんと凛ちゃんは面識めんしきがなかった。小学校が違っていたからだ。だけど、ここ最近は良く話している姿を見かける。


「桃と仲良くなった理由かぁ。部活が同じだからかなぁ?それに、話してみると凄く楽しいんだよ」


 凛ちゃんは笑顔でそう答えてくれた。

 思えば凛ちゃんは他人に壁を作らないタイプだった。小学生の頃、吹奏楽部で同じになった凛ちゃんは、私が1人浮いていたのを見かねてか、声をかけてくれたのだ。それから私たちは親友だ。

 その時と変わらず、中学生になった凛ちゃんは誰とでもすぐに仲良くなってしまうのだ。

 私にはそれが嬉しくもあり、少し寂しい気持ちになるのだった。

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