★新しい自分と、偶然の出会い②

 試着室に通されて、手にしていた洋服に袖を通していく。


「彼女さんですか?」

「いえ、妹です。この春中学に入学したてで……」


 外ではお兄ちゃんと店員さんの会話が聞こえてきた。私は試着する洋服を汚さないように、皺をなるべくつけないように、気を付けて着て行く。

 トップスは大きめに作られているせいか、ゆったりしていたが、やはり袖口のリボンが可愛かった。そしてスカートのサイズはぴったりだった。

 試着を終え、自分の姿を試着室の鏡に映す。


(うわぁ……。これが、私?)


 そこには少しまだ服に慣れていないがちょっぴり背伸びした自分の姿が映っていた。そのまま恐る恐る外にいるお兄ちゃんに声をかける。


「お兄ちゃん……」

「お、由菜。似合ってるじゃん」


 お兄ちゃんはそう言って、私の頭をぽんぽんとしてくれる。何だか、人前だと照れ臭くなってしまうのだが、これがお兄ちゃんの癖なのであまり気にしないようにした。


「じゃあ、これください」

「かしこまりました。着て行かれますか?」


 お兄ちゃんの言葉に店員さんが私に言葉をかけてくれる。私はそのまま着て行くことが恥ずかしくて、いえ、と答えて試着室へと戻った。

 私服に着替えなおし、レジに洋服を持っていく。


「優しいお兄様ですね」


 最後まで付きっ切りで接客してくれた店員さんがそう言って手慣れた様子で洋服を包んでくれた。私はお兄ちゃんの顔を見上げると、


「ありがとう、お兄ちゃん」


 そう言うだけで精一杯だった。

 ファッションビルを後にした私は、徐々に現実感が湧いてくる。ファッションビルの中、特にお店の中は少し異世界のような感覚になっていたのだな、と感じた。新しい、しかも少し大人っぽい服を手に入れられたことが嬉しくて、


「お兄ちゃん、ありがとう!」

「もう何度目だよ、由菜……」

「何度でも言うの!」


 そう、何度もお兄ちゃんにお礼を言っていたのだった。お兄ちゃんは少し呆れ気味だったけれど、それでも私は嬉しくて、心が躍っていた。

 そうして帰りの駅への道を歩いていると、


「あれ?先生?」


 突然後ろから聞き慣れない声が降ってくる。私とお兄ちゃんは同時に振り返った。


「やっぱり、先生じゃないっすか!こんな所で何してるんですか?」

「おぉ、隼人はやと!お前こそ。あ、練習の帰りか?」

「そうっす」


 お兄ちゃんは突然現れた男の人と親し気に話していたのだが、私はその男の人を見て口が開いてしまう。

 白のロングTシャツにジーンズ姿のラフな格好ではあるが、見覚えのある厚底の黒のハイカットスニーカー。それに、髪型は違っていたけれど、前髪から覗くのは忘れもしない、ヤンチャそうな瞳。

 その人は、昨日ライブハウスで演奏していた隼斗さんだ。

 隼斗さんはお兄ちゃんと親し気に会話をしている。


「お前、受験生なんだから、練習もいいがちゃんと勉強もしてくれよ~?」

「分かってますって!それじゃ、俺はここで」


 隼斗さんは、背中に大きなベースを抱えて去っていった。お兄ちゃんはその背中に、


「気を付けて帰れよ~」


 と声をかける。


「由菜?行くぞ?」


 隼斗さんの姿が人込みに紛れる時、お兄ちゃんが声をかけてきた。私はそこではっとする。


「お兄ちゃん!今の人、誰っ?」


 お兄ちゃんは私の勢いに気圧されされたのか、少しおよび腰だ。そしておずおずと言った風に口を開いた。


「お兄ちゃんの生徒だよ。バイト、家庭教師だからな」

「そうじゃくって!どこの人なのっ?」

「知らないのか?アイツ、お前の学校の先輩だぞ?」


(え……?先輩?)


 突然もたらされた情報に、私の頭は完全にパニックになる。その後、何をお兄ちゃんと話して家に帰ったのか、全く覚えていなかった。ただ、あの隼斗さんが同じ学校の先輩であると言う情報が、ぐるぐると脳内を駆け巡っているのだった。




 夕飯とお風呂を終え、明日の宿題をしようと机に向かった。しかし私の頭の中には昼間に会った隼斗さんの姿がちらついていて、ちっとも集中できなかった。


(そうだ、凛ちゃん!凛ちゃんなら、何か知ってるかもしれない!)


 私はそう考えると居ても立っても居られなくなって、ケータイを手にする。そして凛ちゃんの番号を呼び出した。


『はーい……』


 電話越しに聞こえてきた凛ちゃんの声は何だか元気がなかった。でも今はそれに構っていられない。私は今日の出来事を凛ちゃんに話す。凛ちゃんは最後まで話を聞いてくれたけど、


『あんなにカッコいい先輩、ウチの学校にいたかなぁ?』


「3年生の先輩だったら分からないよ!」


『分かった、分かった。明日、学校で探してみよう?私もう眠い~……』


 どうやら凛ちゃんは眠くて仕方がなかったようだ。私をなだめるように凛ちゃんはそう言うと、明日隼斗さんを探すのを手伝ってくれると約束して、電話を切った。

 凛ちゃんに吐き出したことで、私も少し落ち着きを取り戻す。


(とにかく明日だ。明日学校で確かめないと……!)


 そう強く決意すると、宿題を片付けるために再び机へと向かうのだった。

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