★ウワサのバンドマン③
その日の全てのバンドの演奏が終わった後、私と凛ちゃんは電車に乗って地元へと戻っていた。
「はぁ~、やっぱり生隼斗、すっごくカッコよかったぁ~……」
凛ちゃんは最初に出たバンドのベーシスト、隼斗さんのことで頭がいっぱいのようだ。
「応援してますって言ったら、ありがとうって笑ってくれたのよ~」
物販での出来事を思い出しては、心ここにあらずの状態で語ってくれる凛ちゃんの話を、私は微笑ましく聞いていた。
「由菜も一緒に声かけたら良かったのにぃ……」
「わ、私は別に、いいよ!恥ずかしいし……」
(でも……)
ステージで演奏している隼斗さんは本当にカッコよく、そして輝いて見えた。
「初めてのライブハウス、感想は?」
突然凛ちゃんから話を振られ、隼斗さんのことを考えていた私は咄嗟に答えが出てこなかった。
「あ、えっと。音が大きくてビックリした、かな。まだ耳の奥がキーンって鳴ってるよ」
「あはは。何度も通っていたらそれにも慣れるよ」
凛ちゃんは明るく笑って言ってくれる。そんな会話をしていたらあっという間に地元の最寄り駅へと到着していた。辺りはすっかり暗くなっている。こんな夜遅くに出歩くのも初めてのことだった。
改札をくぐると、
「由菜!」
「お兄ちゃん?」
声をかけられ振り返ると、そこにはお兄ちゃんが立っていた。
「どうしたの?」
「迎えにきたんだよ」
「佑希さん、こんばんは!」
迎えに来てくれたお兄ちゃんが、車のキーを私に見せていると、凛ちゃんがお兄ちゃんへと明るく挨拶していた。
「佑希さん、車運転するんですか?カッコいい~」
凛ちゃんはお兄ちゃんの手にある車のキーを指さして言う。お兄ちゃんは少し困ったように笑うと、
「母の車だけれどね。凛ちゃんも家まで送っていくよ」
それを聞いた凛ちゃんが、隣でやった~とはしゃいでいた。昔から凛ちゃんはお兄ちゃんに好意的だった。
私は駅のロータリーに停めてあった車の助手席へと座る。凛ちゃんは後部座席だ。
「凛ちゃんは、今日は一段と気合いが入っているねぇ」
「えっ?そんなこと……」
お兄ちゃんが凛ちゃんと会話をしていた。私はそれをどこか上の空で聞いていた。
(今頃、隼斗さん、何しているのかな……)
私の頭の中はライブ中のキラキラした笑顔の隼斗さんのことでいっぱいだった。そして程なくして凛ちゃんの家に着く。
「また月曜日にね、由菜!佑希さん、ありがとうございました!」
「うん、またね」
凛ちゃんが家の中に入っていくのを見届けて、私たちは自宅へと向かった。車が発車してすぐ、お兄ちゃんが私に問いかける。
「ずっと気になっていたんだけど、その服はどうしたんだ?」
「凛ちゃんが貸してくれたの」
そう答えて、私はふと昼間に言われた凛ちゃんの言葉を思い出す。
『由菜、ダサすぎる……』
私の中での目いっぱいのおしゃれを、昼間凛ちゃんから全否定されてしまったのだ。もちろん、凛ちゃんに悪気がないことは承知している。だけど、やはりショックだった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん~?」
「私の私服って、そんなにダサいかな……?」
「どうしたんだ?急に」
お兄ちゃんに尋ねられ、私は昼間の凛ちゃんとのやり取りをかいつまんで説明した。
「それで、服を借りたの?」
「うん……」
私の声があまりにもしょげていたからか、お兄ちゃんは信号待ちの交差点で私の頭をぽんぽんしながら言う。
「明日、部活ないだろう?一緒に買い物行こうか」
「えっ?」
私はそこで初めて自分が下を向いていたのが分かった。反射的に運転席のお兄ちゃんの顔を見る。お兄ちゃんは前を見ながら笑顔で言う。
「お兄ちゃんと買い物は、いや?」
「そんなことない!」
「じゃあ決まりだ」
お兄ちゃんは嬉しそうに笑いながらハンドルを握っていた。
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