★ウワサのバンドマン②
「決めた!これと、これ!」
凛ちゃんはそう言うが早いか、クローゼットの中から洋服をぽいぽいと取り出した。
「由菜、着替えて」
有無を言わさぬ凛ちゃんの言葉に、私は渡された洋服を手に取る。凛ちゃんと私は背格好が似ていたので、きっとこの服は着られる。だけど、似合うかどうかは別問題だ。
私が
凛ちゃんが用意した服は、黒の重ね着風のトップスだった。黒がベースのそのトップスの正面には大きく花びらのようなデザインがプリントされていて、いかにもロックな雰囲気だった。裾はおしりが隠れるくらい長く、袖と裾から赤い布が見えていて重ね着風を演出している。ボトムスはトップスとは打って変わって可愛らしいビジューが正面にあるデニムのショートパンツだった。甘すぎず、辛すぎない、凛ちゃんらしいセンスが
私が着替えを終えて戻ってきても、凛ちゃんはまだ何か納得がいかない様子でん~、と唸っている。
「どうしたの?」
「髪型」
私が問いかけると、凛ちゃんは端的に答えてくれた。今日は学校に行くときと同じように、私は左右に分けた髪を耳のあたりで2つに縛っていた。
「服に合わない」
そう言うと、凛ちゃんは私に髪をほどくように言う。言われるままに私が髪をほどくと、
「やっぱり……」
凛ちゃんは少しがっかりしたような声をあげた。
「由菜、いつも2つ縛りだからあとがついちゃってる」
凛ちゃんに言われて鏡を覗くと、そこに映った私は先ほどまで縛っていた辺りで髪にくびれが出来ていた。凛ちゃんはそこが気に入らなかったようだ。ヘアアイロンを部屋から取り出すと、それを温めだした。
「時間がないから今日は出来ないけど、本当なら由菜にメイクもしたかったなぁ……」
「メイク?それは、私には早すぎないかなぁ?」
「そんなことないよ!」
私の言葉に凛ちゃんは言う。せっかくライブに行くのだから、最大限のおしゃれをしたい、と。私にもそれを経験させたかったのだそうだ。
そんな話をしている間にヘアアイロンは温まり、凛ちゃんが私の髪にあててくれる。ヘアアイロンなんて使ったことがない私は、その熱に少し恐怖を感じてしまった。
「動かないで、じっとしていて」
凛ちゃんに注意され、私は恐怖の中じっとしている。
ほんのりと頭皮に熱が感じられるが、凛ちゃんはヘアアイロンが私の頭皮には当たらないように上手にやってくれる。そして、
「出来た!」
凛ちゃんはそう言う。鏡の中の私は先ほどまでの2つ縛りではなく、綺麗に整えられたセミロングの髪をおろしている形となっていた。
「凛ちゃんプロデュース、ライブバージョンの由菜!どう?」
自信満々にそう言われても、私はなんだかくすぐったい気持ちでいっぱいになり、返す言葉が出てこない。それでも凛ちゃんは満足しているようで、部屋の時計に目をやる。
「大変、由菜!早く行こう!」
私は凛ちゃんに急がされるまま、急いで部屋を後にするのだった。
ライブハウスへと到着した私たちは、急いで受付を済ませた。
「間に合ったぁ~。今日のライブは何組かバンドが出演するんだけど、隼斗の出るバンドはいちばん最初にやるらしいんだよね」
会場に入ってから凛ちゃんが説明してくれる。
ライブハウスは思っていたのとは違い、かなり狭い。ステージと客が立っている場所が近く、ステージの上からなら客の1人1人の顔がしっかり確認できるのではないかと思わせるほどだった。客のほとんどが女の子で、みんな凛ちゃん同様に気合が入った格好をしていた。特に人が集まっているステージの
「由菜、こっち」
私は凛ちゃんに手を引かれて、そんな殺気にも似た女の子たちの中へと連れていかれる。困惑する私をよそに、凛ちゃんが説明してくれた。
「こっち側、隼斗が出てくるところなの」
なるほど、通りで、こんなにも女の子たちで溢れかえっているのか。
私は少し納得する。そして興味を持った。ここまで女の子たちを夢中にさせる『隼斗』とは一体どう言う人物なのだろうか、と。
私が考えていると突然客席の電気が消えた。その瞬間、
「キャー!」
「隼斗ー!」
私がいた場所の女の子たちが一斉にステージへと群がってきた。私はなす
ステージの照明の下に、4人の人影があった。そして私の目の前にいるひと際笑顔がキラキラした人、
(この人が、隼斗、さん……?)
みんなを夢中にする隼斗さんが、今、私の目の前で演奏をしていた。隼斗さんは客席を見渡してはキラキラの笑顔をみんなに見せていた。その笑顔に私は一瞬で釘付けになってしまう。
そして演奏が始まる。私は突然の大音量にびっくりするが、すぐにバンドの音色に身体を揺らしていた。何より、肺の中の空気を震わせるようなドラムとベースの音色が心地よかった。
(ライブって、こんなに気持ちいいの……?)
キラキラな笑顔の隼斗さんを目で追いながら、私はそんなことを感じていたのだった。何よりも印象的だったのは、笑顔を引き立たせていた隼斗さんの目元だった。奥二重なのにパッチリしたその目元は、なんだかヤンチャな印象を与えていた。吸い込まれそうなその目元と、隼斗さんの
呆然と立ち尽くしていると、
「由菜!」
後ろから声をかけられた。振り向かなくても分かる。この声は凛ちゃんだ。
「凛ちゃん……」
「何ぼーっとしてるの!由菜、こっち来て!」
凛ちゃんは興奮した様子で私の手を引く。そこはステージの真後ろで、何かのスペースになっていた。そこには先ほどまでステージ前にいた女の子たちでいっぱいだった。
「な、何があるの、凛ちゃん……」
「
凛ちゃんが短く答える。
「隼斗が出てくるの」
「えっ?!」
思わぬ言葉に私は驚いた声を上げる。先ほどまでステージ上にいた人たちが、目の前の私たちと同じ高さのところに出てくる、ってこと?
「ほら、来た!」
凛ちゃんが私をつつく。視線を向けると、そこには先ほどまでのステージ衣装に身を包んだ隼斗さんを始めとした、バンドメンバーの姿があった。
先ほどはゆっくりと見ていられなかったけれど、こうしてステージからおりた姿をみても、隼斗さんはひと際際立っていた。
長めの黒髪を左側に寄せており、アシメウルフのような
隼斗さんの登場で、隼斗さんの周りにはあっという間に人だかりが出来ている。
「行こう、由菜」
「え、私はいいよ~。凛ちゃんだけ行ってきて!」
私は女の子たちの勢いに気圧されして、人だかりの外から彼らを見ているだけで十分だった。凛ちゃんは、
「由菜がそう言うなら……」
と言い残すと、女の子たちの群れの中へと消えていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます