★ウワサのバンドマン①

 4月も下旬になってくると、学校生活は落ち着きを取り戻していった。オリエンテーションを通して違う小学校から入学してきた生徒たちとも少しずつ話が出来るようになってきた。

 そして私は凛ちゃんの推薦で学級委員長をすることになった。部活動は予定通りオーケストラ部に入部。毎日厳しい練習についていくのがやっとだった。

 凛ちゃんは弓道部へと入部していた。練習が緩く、そこまで厳しくないらしい。

 そしてクラスにも少し変化が表れてきた。女子たちはいくつかのグループが出来上がり、ひと際目立つグループは早くも先生たちに目を付けられていた。

 そんな中、ある日凛ちゃんが興奮気味に声をかけてきた。


「由菜!知ってる?」

「な、何を……?」


 私は凛ちゃんの様子に少し気圧けおされながら答える。


「すっごいカッコいいバンドマンがいるの!」

「バンド、マン……?」


 そう!と興奮気味に話す凛ちゃん。

 そのバンドマンと言うのは、あるバンドのベースを担当しているそうだ。普通バンドというとボーカルが人気になる場合が多い中、そのベースのバンドマンはボーカルを差し置いてかなり人気になっているらしい。


「突如ライブハウスに現れた、ベーシスト!ってウワサになってるんだよ!」


 凛ちゃんが興奮してそう言うと、その声が聞こえたのか遠くにいた女の子がこちらを振り向いた。


「私、その人知ってる~!隼斗はやとでしょ?」


 そう言って近付いてきたクラスメイトの名前は杉浦桃子すぎうらももこさん。クラスでいちばん目立つグループのリーダー的存在だ。私は、杉浦さんが少し苦手だった。

 薄っすらと茶色の髪の毛を肩まで伸ばしていて、毛先は少し巻き髪のようになっている。メイクも凛ちゃんよりもハッキリと分かるメイクをしており、良く見るとカラーコンタクトもしているのだ。生徒指導室に何度も呼び出されているのを私は知っている。

 そんな彼女が私たちの会話へと参加してきた。


「隼斗、めっちゃカッコいいよ~!」

「えっ?杉浦さん、見たことあるの?」

「桃子でいいよ~。私、色々なライブに行くから、間近で隼斗見たことあるの」

「羨ましい~」


 凛ちゃんは臆することなく杉浦さんと会話をしていた。私はどこか置いてけぼりをくらったような感覚で、その様子を眺めていたのだが、


「ね!由菜もライブ行かない?」

「は、い?」


 突然凛ちゃんから話を振られて間の抜けた返事をしてしまう。


「それいい!委員長、地味すぎるし、隼斗に会ったら変わるかも~」


 杉浦さんはそんなことを言ってくる。


(地味すぎる……)


 私は少しショックを受けたものの、そんな私の様子をよそに、凛ちゃんは話を進めてくる。


「せっかく中学生になったんだよ!カッコいい人と恋、したいじゃない!」

「私は、別にそこまで……」

「由菜は甘い!待ってるだけじゃ白馬の王子様はやってこないのよ!こっちも動かないと!」

「わ、分かった……」

「やった~!」


 私は凛ちゃんの勢いに負けて思わずライブに行くことを承諾していた。




 その日の夜。

 私はお風呂に浸かりながら考えていた。


(待ってるだけじゃ、白馬の王子様はやってこない、か……)


 私だって、ステキな恋が出来たら、それはいいなって思っていた。だけど、漠然ばくぜんと将来はいつか結婚して、子供ができて、お母さんになっている未来を想像していた。


(だけど……)


 いつかって、いつ?

 将来の旦那さんって、誰?


 ぐるぐると回る思考の海の中、私の中で凛ちゃんの言葉が蘇る。


(こっちも、動かないと……。そうかもしれない……)


 そして私は次の土曜日に控えているライブ参戦への腹をくくることにしたのだった。




 そして約束の土曜日。

 この日は部活もないので普段よりも少し気合いを入れようと洋服ダンスと睨めっこしていた。


「お~い、由菜~?何してるんだ~?」

「お兄ちゃん……。今日、凛ちゃんと一緒にライブに行くの。どんな服装がいいのかなぁ?」

「ライブの種類にもよるからなぁ、そればっかりは。由菜の好きなかっこうで行けばいいんじゃないか?」


 私はお兄ちゃんのアドバイスを受けて、お気に入りの洋服を着て行くことにした。

 お気に入りのピンクの膝丈ワンピースは襟に白のレースが縫いとめられており、とても可愛い。その上から紺色のカーディガンを着る。自分なりの最大限のおしゃれだった。


「いってきまーす」


 私は凛ちゃんに言われた通り、お昼には凛ちゃんの家に向けて出発していた。やっぱりお気に入りの服に袖を通しているのは気分が良かった。




 ピンポーン




 私は凛ちゃんの家のインターホンを押した。この時間凛ちゃんの家はご両親が仕事に行っている。しばらく待っていると凛ちゃんの家の扉が開いた。


「由菜……」

「やっ」


 私は上機嫌で凛ちゃんに挨拶をするが、凛ちゃんはしかめっ面になっている。そしてイヤそうに口を開いた。


「由菜、ダサすぎる……」


(えっ……?)


 私は一瞬、凛ちゃんに何を言われたのか分からなかった。


「はぁ~……。期待はしてなかったけども、そこまでとは……」


 対する凛ちゃんの格好は、学校の時よりも整ったボブヘアー。スクールメイクよりも濃いめのメイク。赤系のアイシャドウを目尻にのせて、真っ赤なリップを塗っている。服は赤の膝丈チュールスカート。それをパニエで膨らませている。トップスはロックなプリントが腰のあたりに入った、黒のオフショルカットソーだ。

 そんな凛ちゃんの格好を見ていたら、確かに自分の格好は少し子供っぽい気がしてきて、今まで良い気分だったものが一気にしぼんでいった。


「服、貸してあげるからあがって」


 凛ちゃんはそう言うと私を家へと招き入れてくれた。そして部屋へと案内してくれる。


「由菜の靴、スニーカーだからなぁ、それに合う服、見繕みつくろってあげるから。ちょっとそこに座って待ってて」


 私は凛ちゃんに言われるがまま、指さされたベッドの上へと腰をおろした。凛ちゃんはクローゼットを開けると、中と私を交互に見比べながら、ん~…とうなっている。

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