★中学生になりました②
その日の夕方。
私はお母さんの夕飯作りの手伝いをしていた。お兄ちゃんはリビングのソファに座って何やらずっとスマホと睨めっこをしている。気になった私はお兄ちゃんに近付いて声をかける。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「おぉ、由菜」
私に気付いたお兄ちゃんはすっとソファの隣を空けてくれた。私はその空いたスペースに腰を下ろす。お兄ちゃんは私が隣に座ったのを確認すると、自分のスマホの画面を見せてくれた。
「求人情報サイト……?」
「そうだよ」
お兄ちゃんはにっこりと笑うと、ずっといいところがないか探していたんだと説明してくれた。
大学生になったお兄ちゃんは、髪を茶色に染めてパーマを軽くあてている。身長は177センチ。大きくて、カッコいいお兄ちゃんは密かに私の自慢だ。そんなお兄ちゃんは高校を卒業すると同時に少しずつ変わってしまったように感じた。なんだか、小さい頃からずっと一緒だったのに、大学生になった途端にどこか遠くへと行ってしまうかのような錯覚を覚えた。
「お兄ちゃん、変わったよね……」
そんな私の不安な気持ちがふと口をついて出てしまう。
「お?どうした由菜。突然……、あ、分かった!お兄ちゃんがいなくなりそうで寂しくなっちゃたんだろう?」
ニヤニヤ笑いを浮かべながらお兄ちゃんはさらっと図星をついてくる。私は突然恥ずかしくなって慌てて首を振る。
「そ、そんなことない!」
「分かった、分かった」
お兄ちゃんはニヤニヤ笑いをやめると、私の頭をぽんぽんとしてくれる。これは昔からのお兄ちゃんの癖だ。私の頭を撫でながら、お兄ちゃんは優しい声音で続けてくれた。
「大丈夫。お兄ちゃんはいつでも、由菜の味方だからな」
その優しい声音に、私は恥ずかしさを感じながらも心地よさも感じてしまうのだった。
「ほら、2人とも。お夕飯出来たから食べちゃいましょう」
私がうつむいて言葉が出てこなかった時、お母さんが私たちを呼んだ。
「はぁい!」
私は恥ずかしさからお兄ちゃんの傍を離れると、すぐに夕飯の席へと着くのだった。
「母さん、父さんは今日も遅いの?」
夕飯が終わり、テレビを観ながらお兄ちゃんがお母さんに問いかけている。
「そうみたいよ~?どうしたの?佑希」
「いや、由菜の入学式の日くらい、早く帰ってくればいいのになって思っただけ」
お兄ちゃんは少し機嫌が悪そうな口ぶりで言う。
お父さんは小さい頃から家を良く空けていた。小さい頃はそれが寂しくて寂しくて、良くお兄ちゃんに甘えては泣いていたけれど、私ももう中学生なのだ。今はそんなことはしていない。
それに、お父さんが私たち
ガチャ……。
そんなことを考えているとリビングの扉が突然開いた。顔を向けると、
「お父さん!」
「ただいま」
仏頂面のお父さんが立っていた。
「父さん、今日は遅くなるって……」
「あぁ、早く切り上げてきた。由菜、佑希」
お父さんが私たちの名前を呼びながらゆっくりと近付いてくる。
「入学、おめでとう」
相変わらず仏頂面なお父さんは、カバンの中から何かを取り出すと、そう言って私たちに手渡してくれる。私が驚いてお父さんの顔を見ている横で、お兄ちゃんが渡された包みを開いていた。
「おぉっ!これっ!父さん、ありがとう!」
お兄ちゃんが隣で歓喜の声を上げている。私がお兄ちゃんの手元を覗くと、大人っぽいデザインの皮財布があった。
「由菜、お前も開けてみろよ」
笑顔のお兄ちゃんにせっつかれ、私は自分が持っていた包みを開いた。すると中からは図書カードが現れた。
「2人とも、しっかり勉強しなさい」
お父さんはそう言うと食卓へとスーツの上着を脱ぎながら向かうのだった。
「そうだ、由菜。俺からも入学祝い」
お兄ちゃんはそう言うと自室へと向かう。私は驚いてその場から動けずにいると、戻ってきたお兄ちゃんが包みを渡してくる。
「開けてみな」
優しい声音のお兄ちゃんに促されるようにゆっくりと包みを開いていくと、中からは音楽プレーヤーが姿を現した。
「入学、おめでとう」
お兄ちゃんが優しく微笑んで言ってくれる。
「お兄ちゃん……」
私は泣きそうになりながら、お兄ちゃんとお父さんにありがとうとお礼を言うのだった。
お風呂に浸かりながら、私は今日1日を振り返る。
(色々あったなぁ……)
入学式で緊張していたこと、凛ちゃんと同じクラスになれたこと、そして最後はお兄ちゃんとお父さんからの入学祝いのサプライズ。
私は本当に恵まれているなぁと、しみじみ感じてしまう。こんなにも恵まれた環境下にいて、これ以上何も望むものはない。
いつも眉間に
私はこの人たちに囲まれた生活に感謝しながら、明日からの中学生活に思いをはせるのだった。
(よし!明日からも頑張ろう!)
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