第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(11)

「魔術師同士の争う気配を察してやってきたはいいが……これはこれは。懐かしい顔じゃないか、久しぶりだな。元気にしていたか?」



 正体不明の第三者――頭から足の先までを燕尾えんび色のローブですっぽりと覆われ、鎖と錠前だらけの風貌をした男は、妙に馴れ馴れしい口調でねねへと声を掛けてきた。



「いや、どちら様ですか?」



「どちら様……あぁ、そうか。分からんか。分からんのならしょうがないな。ならば改めて名乗っておこう。我はユリウス・ランドルト。日本国外の魔術師だ」



「いやいや、だからアンタ誰なんだってば……」



「思い出せないなら別によいさ。しかし運命とは残酷なものよ。世を知らず自我すらままならぬ幼少の頃に果てていれば、この先に待ち構える絶望を回避できたものを……くっくっく、哀れだな」



恰好かっこうからして通報必至の変質者マジモンなのはおいといて、どうやらあたしのことを知っているっぽいが……ううん、本当に誰なんだろうこの人。全く記憶にないのだけれど……)



 恐らくは緑夜叉ろくやしゃ村に滞在していた頃に面識があったのだろうとねねは推測する。



 自分は相手の事を認識しておらず、反対に相手は自分の事を知っているらしい点について、この際ねねにとってはどうでもよかった。



「あの、一ついてもよいでしょうか?」



「なんだね」



「貴方は、あたしの敵なんですか?」



「敵、ねぇ」



 掘りの深い顔をなぞり、ユリウスはうっすらと笑みを浮かべながら首を振る。



「いいや、敵じゃあないさ。そもそもさっきも言ったように、我はたまたま此処に足を運んだだけで、お前をどうこうする気はさらさらない。あちらに倒れている淑女しゅくじょと、付近に気配のあるもう一人は見つけ次第、確保させてもらうがね」



「そして殺すんですか?」



「おいおい物騒だなぁ。貴様からすると我はそんな乱暴な事をしでかす奴に見えるのかい?」



「あたしは貴方の事を知らないので何とも言えませんが……ハロウィンでもないのにこんな真昼間から全身に鎖を巻き付けて大量の錠前を纏う狂った服装風体ファッションセンスをしている大人は、一般常識からかけ離れた行動をするだろうなっていうのが素直な感想です」



「くっくっく、手厳しいな。案ずるな、大丈夫だよ。殺しはしないし、危害も加えない。ちょっと勧誘するだけさ。ほら、何も怪しくないだろう?」



(怪しさ満点なんだよなぁ……胡散うさんくさいを通り越して、不自然さ満載とも言い換えられるけれども)



 に落ちない点だらけではあったが、しかしこれ以上はこの男に関わるべきでないと判断したねねは、ユリウスに頭を下げた。



「そうですか。分かりました。初対面なのに色々と無礼を働いてしまい申し訳ありません。じゃあ、失礼します」



 きびすを返して、ねねは足早くその場を立ち去ろうとする。



 しかし、なおもユリウスは会話を続けようと彼女を引き留めるのだった。



「おいおい、急き過ぎだろうよ。いいのかい、聞くのはそれだけで。もっと色々と気になる事や知りたい事を把握できるチャンスかもしれないよ?」



「だとしても、何処の誰だか不明な男性と1対1で対話出来る程、今のあたしには余裕がないんです」



「つれないなぁ。じゃあ我は勝手にぶつぶつ独り言でも言っておこうかな。たとえばのこととか」



 ぴたりと、ねねの足が止まった。



「なにか……知っているんですか?」



「ほぉ~ら食いついた食いついた。いいねぇいいねぇ愉快だねぇ。興味を示してくれて我は嬉しいよ。そんなに気になるのかい?」



「そりゃあ気になりますよ。だってあたしはのですから。無視できる筈がないでしょう」



「そうかそうか。くっくっく、さぁて何から話したものか……」



 灰色の光彩を放つ目元を細め、ユリウスは己が知り得る情報をねねに提供しようとした、その矢先である。




「そこまでだ」




 いつの間にかユリウスの背後に立ち、首筋と脇腹に刃物を添えた永渦えいかが、彼の言動をさえぎった。




「その声は……」



がお前に言えるのは二点のみ。ひとつ、これ以上余計な事をしゃべるな。ふたつ、回れ右してねねちゃんの視界からさっさと消えろ」



「いや、おかしい。そんな筈はない。三人の内生き残ったのはたった一人だけと聞いていたのに……貴様は誰だ?」



「答える必要は無い」




 剣呑けんのんな雰囲気の両者に多少気圧されながらも、ねねは永渦えいかへと声を掛ける。



「待って。水汽みずき永渦えいかさん。その人ちょっと気になる事知っているっぽくて。その、見た目はじゃらじゃらしている感じだけど、とりあえず話だけはきいておくべきかなって」



「ねねちゃん、駄目だよ。事案になりかねないとみだりに会話しちゃあ」



「えっ……それってどういう――」




 永渦えいかが何を言っているのか分からず、ねねが困惑の表情を浮かべかけた瞬間である。



 刃物を突き付けられているにもかかわらず、突如としてユリウスは肩を大きく揺らし、哄笑し始めた。




「くっくっく……あっはっはっはっは!!! なるほどねぇ! そうきたか! 。たったの一つも。ならば合点がいったよ。ここから顔は見えないが、貴様の正体って奴がな」



「…………」




「これは早々に兄者たちに報告せねばならんなぁ! 実態は一切不明で、いるかどうかも定かでは無かった、かの“繋がる者コネクター”が生存してたという――「もういい黙れ」――ごふっ……!?」




 何かを言いかけていたユリウスの身体へと刃物を突き立てる永渦えいか



 そして、口元から血を吐きうつ伏せにユリウスは倒れ、そのまま動かなくなった。




「えっと、水汽みずき永渦えいかさん。あの、なんで刺しちゃったの?」



「連戦で消耗しているねねちゃんにあることないこと吹き込んでたぶらかそうとしていた不逞の輩ゴミやろうを成敗しただけだよ」



 頭に浮かんだ純粋な疑問を投げかけたねねだったが、永渦えいかはつれない返事をした。



「でも、話だけでも聞きたかったな」



「それはごめん。謝る、申し訳ない」



「なんだかいつもとキャラが違ったみたいだったし、もしかして水汽みずき永渦えいかさんは何か知っているの? あたしの家族の事について」



「…………嘘は付きたくないから正直に言えば知ってるけど、今は言いたくない」



「そっか――」



 どことなく気まずい空気がねねと永渦えいかの間に流れていた。



「でもさ、ねねちゃん」



 刃物に付着した血を払って懐にしまい、永渦えいかがねねへと歩み寄ってくる。




「えーかはだから」



「色々と危険な目に遭わせてるけど、この先はそうはいかない。どんな奴が来てもえーかがねねちゃんを守るから」




 そう言って、永渦えいかはねねを抱きしめた。



「ちょっと。本当どうしたのよ」



「ごめんね。本当にごめんなさい……」



 謝り続ける永渦えいかをこれ以上問い詰めることが出来ないと諦めたねねは、軽く嘆息し、彼女の頭をそっと撫でた。



「ありがとう。嬉しいよ。ところでさ、水汽みずき永渦えいかさんってば時限爆弾と一緒に吹き飛んだはずなのに、どうしてさっきと同じ服を着ているの?」



「えへへー。内緒っ!」



 いつもの調子を取り戻した永渦えいかを見、なんやかんやでこの子は色々と謎めいた点が多いなぁという感想をねねは抱いた。




 そしてその後、タクシーを使って移動する間、敵魔術師からの襲撃は起こらなかった。



 二人はついに目的地である比良山ひらさん――かつての緑夜叉村の生存者たちが集結する場へと辿り着いたのである。




[Cheap Troopers] went somewhere.


&


[Razy Soap] was defeated!!




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