第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(9)

 直接詠唱した物体に比べれば速度も重量も劣るお手玉の数々は、事前に魔術を込めていたとはいえども、だからといって全くの無害とは言い難い。



 鉄球並みの重さの物体が、通常の物理法則に当てまらない運動性を有した上で対象へと向かっていくのは、実際の所それなりに脅威である。



 しかし、それはあくまでは、という前提条件を忘れてはならない。



 術者であるねねが“発動後、対象と定めた目標に命中するまで動き続ける”という命令プログラムを施した10のお手玉は、今や残すところたったの3つしか機能していなかった。



 理由は明白。



 彼女の放ったお手玉は、蚊脛かけいより生み出された黒い泡に触れると同時に、をされてしまっていた。



 魔術師としての力量差に全てがゆだねられたとまではいかなくとも、詠唱してから時間が経過しているねねの魔術に対し、口笛と共に現在進行形で直接詠唱を行っている蚊脛かけいの魔術に軍配が上がったのは必然といえようか。



 そんな理論なりを勿論ねねは理解していたし、敢えて同条件となる詠唱を直接行わなかったのは、はからずともを懸念してしまったからである。



(完全に無防備になるとまではいかなくとも、やっぱし注意が散漫になっちゃうからね)




 綺羅星きらぼしねねが魔術を行使するにあたり、詠唱代わりに彼女は歌わなければならない。




 楽器を用いず声音のみアカペラで行われるそれは、集中し過ぎて周りが見えなくなるまでのめり込む――などということはないにせよ、多少呼吸は乱れてしまうし、単純に酸素供給量の兼ね合いから判断力も鈍ってしまう。



 相手がどのような害意をもたらしてくるかが不明瞭な魔術師同士の対戦において、詠唱とはかくも付け入る好機になり得る機会を創出してしまうのである。



 なので、必要以上に隙を見せるべきではないという彼女なりの判断であった。



 ……もっともねねの場合、既に蚊脛かけいの魔術に被弾してしまっていて、その所為で目下動く事が不可能になってしまってはいるのだが。



(移動不能でこれ以上は払う注意が不毛だとしても――威力を上げるってだけで直詠唱を行うのは、愚行だわよね)




 日曜日8時から放映している戦隊モノの特撮ヒーロー番組において、正義の面々レンジャーたちが技名を叫んだりロボットの合体を試みている最中、悪の手先はまるっきり手を出してこない。



 が、創作フィクションならまだしも現実リアルで敵は待ってはくれないのだ。




 そんな敵魔術師である蚊脛かけいはというと、次々にねねの飛び道具おてだまを無力化していっていた。



「あと三つ~。さぁ、さぁさぁさぁ! どっからでも来いよ~。ひひひっ」



「言われなくとも行くってば。こっからが本番、たぁんと召し上がれ」



 両手を離れた十の内のひとつ――両者の中間辺りの位置でふわふわと浮いていたお手玉が、ゆっくりと蚊脛かけいへと向かっていく。



「おいおい、緩急をつけることでの変則的な失態イレギュラー狙いか? 仮にもピエロだったくせに、そりゃあ芸が無ェってもんだろう」



「違うよ。おばさんが対応出来てしまうっての、一連の動きを見て知っちゃったからね――爆散バーンド




 おばさんと言われ蚊脛かけいがこめかみに青筋を立てたとほぼ同タイミングにて。




 突如お手玉が破裂した。




「うおぉッ!!?」



 予想だにしない事象を目の当たりにし、完全に虚をつかれた蚊脛かけいは、驚嘆の声を上げた。



 破裂音もさることながら、その後の出来事に対して。



 ねねが武器として用いる手製のお手玉の本来の重量は約30グラム程度と軽めのものだが、肝心の中身であるビーズの総数は、およそ1,300個。



 その全てに魔術が込められた数多のビーズが、散弾銃さながらに蚊脛かけいへと浴びせられる。



 極小の弾丸が如きビーズ群に対し、蚊脛かけい咄嗟とっさに“頭部をかばう”行動を取った。



 両手首と両肘をくっつけた即興の盾により、顔面を防御する蚊脛かけい




 (一手目、視界を奪う)



 威力は落ちるとはいえ、眼球に当たれば失明する程度の速度と重さを有するビーズ群を、当然ながら相手は無視できない。




 ガチャン!




 次いで、蚊脛かけいが立つ後方上部より、何かが壊れたらしい音が響き渡る。



「あぁ!?」



 投擲とうてき後、目視出来ない距離へと上昇させたお手玉を急降下させ、軌道上の電灯を破壊。



 その際お手玉をにし、蚊脛かけいの後頭部へと狙いを定める。




(二手目、斬撃を付与した攻撃が自分に向かってきていることを理解させる)



「ちっ……クソがッ!!」



 見えずとも音に反応した蚊脛かけい並行移動スライドにて距離をあけ、天より飛来するお手玉を強引に回避。




 この時点で、ねねの魔術が込められた残弾3つの内の2つが不発に終わった。



 そして、未だ顔面を両腕で庇っている蚊脛かけいの視界は、通常よりもかなりせばまっていた。




「変わり種はこれでオシマイかい? ちったぁ焦ったが終わってみればなんとも――――――――ガッッッッ!?!?」




(三手目――間髪かんぱつ入れず




 両腕のガードを解いた瞬間、蚊脛かけいの後方にぴったりとくっついていた最後のお手玉が、股を潜って真下より急上昇し、見事あごへと命中する。



 アッパーカットさながらの不意打ちをモロに受けた蚊脛かけいは、そのまま後ろへと倒れ込んだ。




「ふぅ、なんとか勝利ってところかな」



 額の汗をぬぐ安堵あんどするねね。




 しかし――――――。




「……痛ェ、痛ェなぁ~……」




「えっ? えっ、うそでしょ?」




 終わったと思っていた矢先、




「これ骨とか折れてんじゃねぇのか。ふざけんなよコラ。これじゃあワタクシこの後―――――大っ嫌いな病院に行かなきゃならねぇじゃねぇかよオイィィイッ!!」




 激昂げっきこうする叫びの主である蚊脛かけいを見、ねねは未だ相手が戦闘不能でないという非情な現実を徐々に認識しつつあった。




「うわ……うわうわうわっマジか、ちょっと困る。それは困る、いやもういいじゃんもうやめようはいはい終わりおわりいーちぬ~けたっていうかこれかっかか完全に想定外なんですけどどうしようどうしようやばいやばいやばいやばい」




 先程のやり取りは虚仮ブラフではなく、つい今しがた投げ終えた十のお手玉が、正真正銘ねねの持ちうる最後の武器であった。




 彼女にとってこれ以上投げれる道具は、たったの一つも存在していない。




「ひひひっ。演技じゃなさそうで嬉しいよ。かなぁり効いたが、その甲斐あったってもんだ――さて」



 痛みに顔をしかめつつ、しかしとても嬉しそうに顔をほころばせている蚊脛かけいは、進退きわまるねねへ、とある選択をうながしてきた。




拉致さらって拷問あそん埋葬ポイするのは確定事項だが、その前にちょっくらつまみ食いといくか。なぁジャリガキ」




「……なんでしょう?」








えぐられるか引き千切ちぎられるか、好きな方を選びな」

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