第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(7)

 第三次魔術戦争サード・ウォー



 かれこれ4世紀以上前、によって意図的に引き起こされたその争乱において、死山血河しざんけつがという慣用句フレーズでは収まりが付かない程度に、おびただしい数の魔術師が命を失った。



 日本国外の99.999%の魔術師が死滅した出来事の後、もはや選民されたと言っても過言ではない生き残りの魔術師たちは、ともかく互いが魔術を用いて闘うという行為を可能な限り避けてきた節がある。




 何故ならば、魔術を用いての戦闘はほぼ確実にが双方にもたらされてしまうから。




 戦力となる駒が均等に割り振られたチェスやら将棋やらボードゲームとは比べるべくもなく、かといって路上の喧嘩ストリートファイト規則に則った試合オフィシャルマッチとも訳が違う。



 世の理じょうしきに当て嵌まらない魔術という分類カテゴリ――ある種デタラメともいえるそれら概念を武器として用いた場合、敗者が死者と化するのは往々にしてもっともな話であって。



 世間とは隔離された秘境の地――残存する魔術師たちがひっそりと身を寄せ合いながら暮らす集落において、“儀式”という名の私刑リンチ紛いの年行事イベント連綿れんめんと続いていたことを例外だとしても、それだけ魔術師同士の争いは極めてまれであり、暗黙の了解の下にご法度タブーとされていた。



 通常では有り得ないそんな事象を、連日当事者として経験し、都合4回目となる蚊脛かけいとの戦闘に臨むのは、元道化師ピエロ綺羅星きらぼしねね。




 彼女ねねが操る魔術は、その名を重速加射手アーク・アクセラという。




 自身が両手で持てる無機物(ただし生きている物は除く)に対し、速度と重量を加え、己の意のままに操ることが可能。



 あらかじめ対象物へと魔術を施しておけば、詠唱不要の半自動セミオートにて行使できる重速加射手アーク・アクセラは、魔術師を相手取った戦闘であろうとも、幾らでも応用が利く為、実際の所かなり使い勝手の良いものであった。



 しかしながら、ねねには対魔術師戦の経験値が圧倒的に足りていない。



 昨日の膜間まくまとの対決が初の魔術師戦デビューであり、次ぐ胃豆いとうおよび期縞きじまとも間を置かずに闘い続けているねねの心身は、否応いやおうなく限界に近づいてきていた。



疲労だるさはあっても身体は動く。だからこそ……速攻で終わらすのが最適解せいかいだ)



 本来であれば、互いに魔術の正体が分からないまま行われる対魔術師戦は、今回の様に両者が向かい合ってよーいドンで開始されるべきものではない。



 如何いかに相手に姿を見せず、認知をされない内に相手を撃つという騙し合い、ないしは奇襲が基本であるからだ。



 故に先手必勝。一瞬でも早く相手へと攻撃を当てれるかどうかが重要であると考えるねね。



 しかしこと今回に関して、自分よりも先に蚊脛かけいの方が一手、先んじて動いた結果となった。




「トゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル~♪」




 口先をすぼめ、舌先を高速でふるわせながら音を出す蚊脛かけいの四肢の先端より――毒々しい紫の光沢を帯びた黒い泡玉がみるみる内に生成されていく。




(何だか分からないけど、生身でなくともに触れるのはやばそうな気がする)



 前提として、ねねは蚊脛かけいの魔術の全容ぜんようを把握していない。



 ふわふわと緩慢かんまんな動きで、しかし確実にねねへと向かってくる泡玉の群を注意深く観察しながら、ねねは腰にぶら下げた大駒ディアボロをぶんぶん振り回し、向かい風にてそれらの向きを変えることを試みる。



 風のあおりを受け、黒い泡玉はさもあっけなくねねが立つ位置とは別の方向へと進路を変えた――のだが。




 先程まで立ち会っていた刺客である蚊脛かけいの姿が、前方より消失していた。




「あれ? どこ行った?」



 付近は人通りの皆無な住宅地の一角に面した道路であり、身を隠せる場所は無い筈である。



 程なくして、辺りを見回し索敵を行うねねの後方より、蚊脛かけいの発する特徴的な音が木霊こだましてきた。




「トゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル~♪」




 ゴウ、と。




 反応し振り返るねねの足元、右脚の裏側に接しているマンホールの隙間より、黒々とした何かが勢いよく噴出した。




「ッ!?」



 黒い泡玉へと注意をそらされ、一瞬の隙を突き回り込まれた失態も含め、相手の放つ魔術に被弾してしまったという事実にねねは戦慄せんりつする。



「ひゃは♪ 鉄砲泡フラッシュソーク!!」



「……??」




 右脚の膝から下をべったりと黒い泡が濡らしているも、



「女学生よろしくおしゃべりしてた間によぉ、仕込ませてもらってたんだわ。まずは右脚いただきぃ! ひひひっ!」




 




 特徴的な笑い方と共に勝ち誇る蚊脛かけいと被弾してしまった右脚とを交互に見据みすえつつ、ねねは思案する。



(てっきり毒の類だと思ったんだけど……?)



 あくまで黒い泡は印をつける行為マーキングで、次いで攻撃ほんばんが来るのかと考えるも――その仮説は2秒後にはコナゴナに破壊されることになる。




 黒い泡に触れたねねの右脚は、確かに痛みは感じなかった。




 けれども実の所、それは痛みにとどまらず五感の内の触覚を奪い去っていて、加えて――。




(う、うお……ッ!?)




 ぐらり、と。




 ねねの意思に反し、彼女は体感バランスを崩し、地面へと手を付いてしまう。




 手とは別に、彼女が片膝を付いたアスファルトの地面は。




 

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