第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(6)

「し、死ぬかと思った……しばらくジェットコースターには乗れない、かな……」



 第一車両より脱出後、空高く舞い上がり何とか無事に地面に着地した期縞きじま項垂うなだれながらぐったりとしていた。



「へばってるとこ悪いんだけどさ、お姉さん。ちょっとスマホ貸してくれない?」



 慣れているのか、疲労を微塵も感じさせない風であるねねは、先程まで敵対していた魔術師より携帯電話を受け取り、電源ボタンとボリュームボタンを同時に長押しする。



「何をやっているの?」



「通報だよ。あのままだと電車が河原町かわらまち駅のホームに突っ込んじゃって危ないでしょ」



 画面に映し出された緊急SOSのバーを左から右へと指でスライドし、次いで表示される“警察110”のボタンをタップするねね。



「あーもしもし。これは悪戯イタズラ虚偽ガセじゃないので真摯ガチに対応して欲しいんですが、阪急京都線14時17分梅田駅発の新快速電車がこのままだと終着駅に突っ込んでしまいそうなので、至急駅で待っている乗客の保護及び避難誘導に動いてください。お願いしますねマジで」



 一方的に要件を告げた後に通話終了ボタンを押したねねは、続いて腕を負傷した期縞きじまを見遣り尋ねた。



「あたしたちはもうすぐというか、あまりここに長居してられないからさ。どうする? ついでに救急車も手配しておく?」



「いや。少し休んだら自分の足で病院に行くから平気だよ。わざわざありがとね」



 ねねに骨を砕かれ痛み続ける腕を抑え、やせ我慢感満載な引きつった笑みを返す期縞きじま




 ――ドォンッ!!!




 直後、轟音と共に東の空の辺りに赤黒い煙の塊が出現した。



「たーまーやー。これで爆弾も無事処理完了だね」



「あの、状況が状況だけに突っ込み切れなかったんだけど……。あなたのお友達も一緒に、時限爆弾と吹っ飛んでるのは想定内なの……?」



「問答無用で木端微塵バラバラだろうね。爆発四散ッ、サヨナラ! 的な? まぁそれも大丈夫よ。あの子はあれぐらいじゃ死なないし」



 涼し気な顔で応えるねねを、疑わし気に眺める期縞きじま



 彼女が魔術を行使している間は意識を失っていることが前提としてあるが故に、死という概念を有耶無耶にする永渦えいかの魔術、“不滅の一等星パラノーマル・スピカ”の存在を認知していなかった為、期縞きじまの反応は当然ともいえる。



「そ、そっか。分かったよ。じゃあこの辺でお別れだね。短い間だったけど、色々と迷惑かけてごめんね」



「もうその件は済んだってさっき言ったでしょ? あんまし必要以上に謝らない方がいいよ。もう気にしてないから」



 じゃあ達者でねと手を振り、別れの挨拶を互いに告げる両者だったが。




「ルルル~♪ルリラリルル~♪ルッルッル~~~ゥ♪」




 何処からか、口笛が聞こえてきた。



「ん? 何この音?」



「うっ……あぁ……」



 首を傾げ辺りを見回すねねに対し、見る見るうちに青ざめた表情になっていく期縞きじま




 それは一見して、真っ黒なゴミ袋に見えた。



 二車線車両のど真ん中を、まるでラジコンカーの様に移動してきたそれは、ねねと期縞きじまから少し離れた位置でピタリと停止し、その体積を広げていく。



 三角座りの体勢から立ち上がったその物体は、ゴミ袋などではなく、れっきとした人間であった。



 肌にぴったりと密着したラバースーツに身を包み、纏った服装以上に濃い黒髪をなびかせる、女性が一人。




 開けっ広げにされた胸元の谷間に右手を突っ込み、取り出されたその手には茶色い液体の入ったボトルが握られていた。




「がらららららららららら~~~~~、べっ!」




 どうやらうがい薬であろう液体を口に含み、音を立てて口内をゆすぎ、地面へと吐き出した後、その女性は意地の悪そうな目つきでねね達をにらみつける。



「おーい。おいおいおいおいオイッ! 約束と違うじゃーんかおるチャンさ~。なんでここにいるのかなー? 電車の中でガキ二人ぶっ殺した後でアンタも爆死してるはずなのに、なんでなーんでまだ生きてるのかなー??」



「ッ! す……すみません、しくじってしまいまして……」



「いやいや別にどっちでもイイんだけどねーワタクシ的には。でも約束を反故ほごにされちゃったからには~? かおるチャンの大事なドクズ彼氏さんには自殺した方がマシだろってぐらいに酷い目に遭ってもらうけど~? ひひひひっ! たーのしーみー!!」



 ケタケタと笑うラバースーツの女に対し、期縞きじまは明らかに委縮している。



 そのやり取りを見かねたねねは、本来なら関わらずにその場を後にしても良かったのだが、沈痛な表情のままうつむき加減である期縞きじまへと声をかける。



「ねぇねぇ、あのさ。お姉さんってもしかして、コイツに何か弱みを握られていて脅迫きょうはくされてたとか、そんなオチなの?」



「……えっ? あ、うん。そうだね……。でも、大丈夫だから。気にせず行ってくれても構わないよ……」



「全然大丈夫には見えないんだけど」



「……ごめんね」



「だから謝らないでってば」



「もしも~し、お二人さん! 行くだか行かないだか相談してるみたいだけど、かおるチャンはともかくもう一人のジャリガキは逃がさないよ~。この場でちゃあんと処刑してあげなきゃだもんねぇ?」



「はぁ。どうにも剣呑けんのんな言動ですね。あたしは貴方のこと全く存じ上げてないのですが、一体誰なんですか」



 眼前にいる女性の正体について、あらかたどのような者であるのか想像は付いていながらも、ねねは確認も踏まえ、念の為に相手へと名乗りを促した。




「ワタクシの名は蚊脛かけい百喪ももも。神の七本足に最も近い一人であり、“わんぱくなこいぬ”T新地店舗において指名率6ヶ月間No.1のセクシー女優よ! ひひひひっ!!」




 はだけた胸元を強調し、女豹めひょう格好ポーズにて応じる最後の刺客。



「ふぅん、水商売おみずの者か。なるほどね。それっぽいっちゃあそれっぽい。で、結局の所、あたしに何の用ですかね」



「決まっているでしょ。つーか今言ったばっかじゃん! そこの間抜けが言付けを失敗しミスッたもんだから、しゃあなしでワタクシが始末をつける為にやってきたのよ。お前だよお前。端〆ハジメ様に仇為すお前をぶっ殺す為になぁ~綺羅星きらぼしねねクンよぉ~お?」



 真っ赤な舌を突き出し、親指で首を狩る身振りジェスチャーをする蚊脛かけい



 ねねはやれやれと溜息をつきながら、もうひと踏ん張りせざるを得ないのかと憂鬱なブルー気分を隠さずに返事をする。




「いや、仇為すとか言われましても。ぶっちゃけ伽藍がらん家とはそんな交流なかったですし、ていうか何であれから11年経った今なんです? そもそもあたしの故郷が滅んだのって、彼が儀式の最中に単独で暴走したからって噂なのに、いくらなんでも八つ当たりが過ぎるでしょ」




 なるべく相手を刺激しない様に言葉を選びながら、自らの正当性を訴えるねねであったが、しかし蚊脛かけいは聞く耳を持たなかった。




「胸ぺったんこでちつの浅そうなジャリガキ如きが、このワタクシに意見ですか~? いいねぇいいねぇいいですねぇー若さって奴ぁさ~。でも、でもでも? ねねちゃんってば男っぽいボーイッシュにも程があるよねぇ。よく野郎に間違われない? 内気で友達が一人もいなくて、常に自宅に引きこもって妄想で自慰行為なぐさめごとふけってる、そんな根暗な感じの童貞男チェリーそのものだよねぇ! ひひひひっ!」




 ケラケラと笑いながら度を越した罵倒(あるいは挑発)を受け、ねねの表情は特には変わらない。




 だが、心の奥底では、溶岩マグマに等しき怒りの温度が上昇していた。




「初対面でそこまで言うか、はぁ。やれやれだわ。一応年上みたいだし、これでも気を使ってたんだけどなぁ……。ま、いいか。命狙われてて、でもってその刺客は死ぬ程性格が悪い、と。ぐーよ、べりーぐー。遠慮は無用ってね」



 深呼吸をし、前屈運動をし始めるねね。



「うん? もしかして効いてないアピール? それともここから逃げ出す準備運動って感じ? ひひっ、ひひひひっ! かわいいなぁ本当! クッソダサいわ! ひひひひっ!」



 他者をおとしめることで得られるくら愉悦ゆえつかてとする表情を常に浮かべていた蚊脛かけいであったが、





「あれ。おかしいな。下品で下劣で下衆丸出しの未婚年増大婆うれのこりが何か言ってる気がするけど。なーんも聞こえないのはあれかなぁ、さっきちょっと会話しちゃった所為で耳が腐ってしまったからかなぁ。あっ。でも、読唇術でもって対話をしようと思えば出来るけど……でもなーあれだよなー。皮膚の内側から染み出す加齢分泌液ババアじるが臭すぎて鼻が壊死しそうだし、口呼吸をしたまま会話をし続けたらそれはそれで窒息死しちゃいそうで嫌だなぁ。それとそのあからさまなバストアップ、確実に詰め物シリコンっすよね? めっちゃめちゃ堅そうだし、なんか全体的に顔とバランスあってないし、全部の全部が気持ち悪すぎてこのまま視界に入れたまんまだと目が潰れちゃいそう。困るなぁ、困ったなぁ。こんな終わってるどうしようもない奴に絡まれて、あたしってばとっても可哀そうだなぁ」





 つらつらと述べるねねの口語応酬やりかえしを受け、笑みの消えた蚊脛かけいの顔面には、おびただしい本数の血管筋が走っていた。



「……決めたわ。お前のその刺々しい態度、気ぃ狂いそうなぐらい腹立つから、全身に針を刺して剣山デコレーションにしちゃうのけっってぇ~~~い! すぐには殺さないしッ! 出来るだけ長いことッ!! 可能な限り活かし続けてから100%ひゃくパー確実にぶっコロすッ!!!」



「うっわキレるんはやっ。鉄分カルシウム足りてます? あっ、違うか、高齢期障害だからか。きつい~きついな~、外面だけでなく内面までも醜いブスだとか、救いようないなーこの人~。あっ、ところでお姉さん、今からコイツ黙らすしさ、1分だけ待っててくんない? で、巻き込まれないようにさ、もうちょっとだけあたしから離れていた方がいいよ。たぶん」



「う、うん……わかった……」



 蚊脛かけいより向けられる殺意の存分に籠った視線を物ともせずに、ねねは期縞きじまへ、この場から遠ざかるよう指示を出した。




「お待たせ。ほいじゃ、やろっか?」




「吐いた唾ァ呑むなよグrrrrrrラァアアアア!」





 そんな両者のやり取りを皮切りに。




 綺羅星ねねと、現段階で彼女を狙う最後の刺客である蚊脛かけいとの、魔術合戦たたかいが幕を開ける。

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