第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(5)

「っっっっっ!? ~~~~~~~~~!!」



 ねねのゴムボールにより骨を砕かれたは、予期せぬ激痛によって強制的に意識が覚醒させられたにもかかわらず、悲鳴ひとつ上げなかった。



 白目に黒の焦点が戻り、がくがくと身体を震わせながら痛みに耐え、無事であるもう片方の腕で口元を押さえ、必死に歯を食いしばっている。



 それと同時に、第一車両に点在していた砂嵐ノイズ人間達の動きがピタリと止まり、その全てが消失した。



的中ビンゴ、ってとこかしら。一般人かも知れない第三者へ暴力を振るうのは本当心が痛んじゃうんだけど――あなたがこいつらの指揮者ほんたいだったみたいで、良かったよ」



 言いながらねねは、悶える魔術師に構うことなく、折れた彼女の腕を踏みにじった。



「ぐっ……ぎゃあぁああああぁああああ!!!」



 今度こそたまらず、絶叫する魔術師。



「あんまり大きな声を出さないでよ、鼓膜こまくが破れちゃう。もっとも、ここから先ちょっとでも変な動きをすれば、不本意ながらに酷い事をしちゃうかもしれないし――その辺気を付けてね」



「うっ……ぐぅ……うぅぅう~~~……終わり、もう終わりよ……」



「何が終わりなんだか。えっと……期縞きじまかおるさんって言うのかな? その名札ネームプレートに書かれているのが本名であればだけど」



 砂嵐ノイズ人間達が既に消え失せたとはいえ、油断を微塵も感じさせない冷酷な双眸そうぼうにて期縞きじまを見下ろすねね。



「私は……いえ、私たちはもう終わりなのよ……だって、私が声を発してしまった所為で、この爆弾はもう解除が出来なくなってしまったから……う、うううう、ふぐぅ……」



 嗚咽おえつ交じりに漏らした期縞きじま衝撃の事実カミングアウトに対し、ねねはやれやれと肩をすくめる。



「はぁーん。やっぱし、映画みたいに2択で配線を切断して正解していれば止まる、って訳じゃあないってことね。知ってた、うん。むしろあなたが声を上げた瞬間にボンッ! ってならなくて良かったととらえるべきかしら」



 面倒だなぁと頭をかくねねを見、期縞きじまは目を丸くした。



「どうしてそんなに落ち着いていられるの……?」



「だって状況が状況だし。爆弾はオマケみたいなもんよ。停止不能な列車に閉じ込められている時点で、そこそこしんどい感じでしょう? ま、それでも車内戦闘は一旦止めれたから、あとはここから出るだけっていうか」



 よっこらしょと身をかがめ、もはや爆発することが確定している時限爆弾を抱えるねね。



「床に直接ボルトとかで固定されていなかったのは不幸中の幸いだね。それなりに重いけど……持ち運び可能なのは僥倖ベターよ、うん。で、死んだふりが上手なお姉さん。これ以上あたし達と敵対しないってんなら、一緒に脱出してあげてもいいけど、どうする?」



 ねねの言葉を受け期縞きじまは、相手が何を言っているのか分からないというような表情を浮かべた。



 命を狙っていた刺客に対し救いの手を差し伸べようとしている意図は何なの、と。



「あなたにとって私は敵なのにどうして?」



 だからこそ期縞きじまは、ねねへとそう訊かずにはいられなかった。



「うーん、なんでだろうね。これは勘だけど、お姉さんって神の七本足とかいう中二病全開の集団に属していないじゃないのかなぁーって。昨日会ったぺらぺらになる魔術師まくまから聞き出した刺客の苗字とも違うし」



「ボウガンで撃たれたり、同伴者をフルボッコにされたりしたけど、お姉さんの片腕を潰したのでおあいこってことじゃあ駄目かな?」



 不思議そうに首を傾げるねね。



「敵わないな……。分かった、約束する。それに私の魔術は意識を失っている間にしか発動出来ないから安心して欲しい。むしろこちらからお願いするよ、一緒に連れて行ってください」




 期縞きじまが操る魔術である未熟で脆い雑兵舎チープトルーパーズ



 彼女自身、好きなタイミングで気絶が出来るという特技を持っており、且つ寝息がイコールで詠唱となる為、本来は不意打ちに適した魔術ではあるのだが。



 もはや彼女の中で戦意は失われていた。



「決まりだね。じゃあお姉さん、こっちへ来て」



 よいしょよいしょと時限爆弾を運搬しながら、爆破により剥き出しになった車両連結部へと移動していくねね。



 そして、仰向けに倒れている同伴者パートナーに対し声をかける。



「おーい水汽みずき永渦えいかさん、生きてるかい?」



「ばっちおーけーだよぅ。ただ、膝の皿が割れちゃってるからまだ立ったり歩いたりできないけど」



「腕は大丈夫? 希望を言えば両腕って動かせれる?」



「うん! 骨にひびは入っているかもだけど大丈夫!」



「そっか。じゃあお願いがあるんだけど、これちょっと抱えてくれるかな」



 永渦えいかの答えを待たず、ねねは彼女の胸の辺りへと持っていた時限爆弾を落下させた。



「ぐぇっ!」



「離しちゃ駄目だからね。って、うわ、あと5分もないじゃん。カウントダウンめっちゃ早いし詐欺ずるだろこれ」



「いやいやいや! もう爆発しちゃうのになんでそんな平常心でいられるの!? このままだと私たち3人共死んじゃうっていうか……あぁあぁどうしようどうしようどうし……」



「落ち着きなよお姉さん。今は無職だけどさ、道化師ピエロやってた頃はよく団長に言われたもんだよ。危機的な状況であればある程ふてぶてしく笑え、ってね。大丈夫、諦めから開き直っている訳じゃあないさ」



 言いながらねねは、上着のポケットより着色されたカラフルな平べったくも細長い形状をした何かを複数取り出し、その一つずつ口先に咥えていく。



「それって風船、なの? なんでこのタイミングで――」



「ふぉんとふぁったら、ゆひゃいなまえふぉーぼぉーふきでひゃれるんひゃけど、いまふぁふぃふぁんがふぁいふぁらねー」



 実に8つものペンシル・バルーンを口からぶら下げたねねは、後方に反る程に目一杯背筋を伸ばし、そして肺に蓄えた空気を一気に吹き込む。



「シュゥゥゥウーーーーーーーーーーッ!」



 一度の息継ぎを挟まずに、全ての風船へと空気を吹き込むねね。



 彼女の口から膝の辺りにまで膨らんだ各々を、握って、捩じって、曲げて、丸めていく。



「よっし出来た」



 僅か1分も経たないうちに、円環に留まったオウムを象った作品が8つ、完成していた。



水汽みずき永渦えいかさんは赤色と青色が好きだったよね。はい、ちょっと足持ち上げるよー。ほい、じゃあ両腕にも通してっと。はい、いいよ。爆弾は落とさない様にちゃんと抱きしめておくんだよ」



 仰向けに倒れたままの永渦えいかの四肢に、手際よく風船を装着していくねね。



「あの。ごめん、あなたは何をするつもりなのかな?」



「ん、あぁごめんごめん。お姉さんの好きな色聞いてなかったね。残ってるのは黄緑に紫に水色に、あとオレンジ。どれがいいかな?」



「じゃ、じゃあ水色を――って、違くて! それが脱出と何の関係があるのって訊いているの!」



 思わず声を荒げてしまう期縞きじまに対し、ねねは至極当然そうに一連の行為の意図を語る。



「そっかお姉さん気絶してたからあたしの魔術が何だか知らないんだったね。んーとつまりね、この車両連結部から飛び出そうって作戦プランかな。水汽みずき永渦えいかさんは単独で飛んでもらうけど大丈夫、お姉さんはあたしがフォローするからちゃんと怪我無く連れ出してあげるよ」



「???」




 疑問符を浮かべながらも細かな理解を諦めた期縞きじまは、ねねの言われるがままに従った。




 そして程なくして、第一車両の最後部、爆破された車両連結部より三つの影が宙へと舞い上がっていったのだった。

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