第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(3)

 予想通りというか案の定というか。



 8両目に続く7・6車両目には、ねねと永渦えいか以外の乗車客は存在していなかった。



「ガラき~」



「そうだね。これはもう決まりって判断しても良いかもね」



 ねね達の乗車した車両全体、ないしは阪急はんきゅう梅田うめだ駅から終点の河原町かわらまち駅に至るまでの沿線の全てに、人払いの魔術がほどこされている可能性が濃厚のうこうとなっていた。



 前方をねねが、後方に永渦えいかが立つ形で、二人は運転席のある最前車両を目指し進む。



 5車両目に差し掛かる間際、ねねは何とはなしに窓の外へと目をやった。



長岡天神ながおかてんじん駅を通過、か。なるほど……)



 通常、最も早い特急に乗ったとしても、今しがた通過した長岡天神駅へ到着するまでにかかる時間は30分。



 ということはつまり、自分たちが乗っている(あるいは閉じ込められている)車両は、規定速度を上回る速度でもって運行をしているという事実が発覚した瞬間であった。



(全車両の探索を終えてないから断言は出来ないけれど、こうなってくると他の乗車客が皆無なのは不幸中の幸いかもしれない)



 未だ見ぬ敵魔術師の意図が分からないとはいえ、無関係の他人を巻き込むかもしれないという可能性は、現時点では前提に存在していない。



 だからといって、電車が終着駅で無事に止まってくれる保証もあったもんじゃあないのだが。



 猶更なおさら急がなければならないと、ねねは5車両目へと進むために連結部分の扉へと手をかけた。



 足を踏み入れた5車両目は、これまでねね達が通って来た車両と違い、幾分か違った内装をしていた。



 木目調の壁と、濃い深緑色ゴールデンオリーブの色調である座席は同様ながらも、違っていたのは座席そのものの向きである。



 6,7,8車両目は座席は車両の進む向きに対して横向きに座る「ロングシート」に対し、この5車両目は進行方向の向きに二つずつ等間隔に設置された「クロスシート」。



 必然、車両内の中央部の通路が狭くなる造りとなっている。



 ねねが一望した限り、人が座っている気配はなかった。




 ……が、前方5メートル程先の右側より、音も無くがぬっとその身を乗り出し、突如として姿を現した。




「っ!?」



 ねねは思わず身を引き、硬直してしまう。



 それもその筈。



 前方に立つそれの顔は、一昔前のブラウン管テレビが映し出す砂嵐ノイズのように、であったのだから。



『――↓↘→P――KK(溜め←)P――』



 性別さえ分からぬ正体不明のそれは、ぶつぶつと何かを呟きながら、一切の躊躇ちゅうちょなく右手に握られたボウガンを構え、そしてねねへと照準を合わせ引き金を引いた。



 太く短い鉄製の矢は、身体の何処に刺さろうとも負傷は必至。



 無論、ねねはそれに反応できない。



 完全なる後手。



 仮にねねと永渦えいかの立ち位置が逆であれば、永渦えいか前衛フロントとしてねねの前に立っていたならば、心臓を射抜かれようが頭蓋骨を粉砕されようが関係なく、彼女えいかはげらげら笑いながら襲撃者の首を切り刻みに前進したであろう。



 しかしながら、あくまでそれはである。



 追撃を警戒しての後衛バック永渦えいかを配置していた布陣フォーメーションがここに来て完全にあだとなった瞬間であった。



 ガキンッ!



 今まさに連結部分の扉を通り終えた永渦えいかは、前方で微動だにしないねねへと声を掛けた。



「おおぅ? 何あれ敵さんエネミー出現?? ていうかねねちゃん、ひょっとして死んじゃった?」



 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら尋ねる永渦えいかに対し。



「……その、久しぶりに会って髪切ったみたいな調子ノリいてくるの、どうかと思うんだけど」




 胸の前辺りで、ねねは幼馴染パートナーへと応じる。




「良い。うん、。その“出逢った瞬間速攻で殺しにかかってくる”みたいな潔さ。嫌いじゃないし、露骨なぐらいなまでに分かり易いから逆に好感が持てるっていうか」



 独りでにうなずき納得しながら、ねねは別のゴムボールをふところから取り出した。



「だからこそ、こっちも加減をせずに思いっきりやれるってことだよね。ってことだもんね」



 スナップを利かせた一連の動きにて、ボウガンを構えたままの砂嵐ノイズ人間へと投擲とうてきする。



 バスンッ!



 空のダンボールを思いっきり蹴り上げたような音が車両内に鳴り響きわたる。



 ねねの放ったゴムボールによってあごから上を吹き飛ばされた砂嵐ノイズ人間はその場に倒れ、同時にその身を灰に変えて跡形も無しに消失した。



「ナイスヒット! ねねちゃんステキ~! ていうかよく反応できたね? ちゃんと見てなかったからよく分かんなかったけど」



「いくらなんでも飛んでくる矢に対応は出来ないよ。ただ、前もって準備してただけ。あたしの半径30cm以内に物が飛んで来た際、それを防ぐように魔術をかけておいたから」



 いわば自動防御装置オートガードシステムだねと、ねねは永渦えいかへと返す。



「とにもかくにも、急がなきゃ。今ぶっ飛ばした奴があと何体潜んでいるか分からないし、挟み撃ちダブルアタックを喰らう前に先頭車両へと向かおう。もう少しだけ駆け足で行くよ、水汽みずき永渦えいかさん」



了解りょうかいまる~。ためして合点がってん承知しょうちの助~」



 これまで以上により注意を払いながら、ねねと永渦えいかは前へと走り出した。



 そして1分ほどした後、二人はようやく先頭車両へと辿たどり着いたのだったが――。

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