第3話【limited express panic-ハンキュウジヘン-】(2)

「ここにハートの7、スペードの7、ダイヤの7、クラブの7があります。裏返したこの4枚の中から、貴方が好きな1枚を選んで下さい」



「んーっ、んん~~っ。はい、じゃあこれ!」



「右から二番目ですね。そしたらそのカードをあたしに見えないように確認してください」



「見るからねねちゃんはちゃんと目ぇつぶってて! 薄目も駄目だかんね、ほらっ、早く!」



「はぁ~。了解、はいどうぞ。終わったら教えてね」



「今度こそ、今度こそは……おっけ! 完了!!」



「目開けてもいい? はい。そしたらこの一枚を加えて混ぜ混ぜシャッフルしますね。ストップって言うまでやるし、お好きなタイミングでどうぞ」



「まだー。まだだよー。まだまだまだまだ……はいっ! そこストップ!」



「はい止めましたストップ。では、今から水汽みずき永渦えいかさんが選んだトランプを当ててみますね。カードを全て表にします。一番左、ハートの7でどうでしょうか?」



「なーっ! ななななんで分かるのぉおおお!? これで10回目ッ! 不正だよ! 陰謀だよっ!!」



「いやいや、だからこれ手品なんだってば……」




 乗車後、横に流れていく景色を眺めながら過ごそうと思っていたねねだったが、永渦えいかより何か面白い事をして欲しいとせがまれ、特技の一つである札手品カードマジック披露ひろうしていた。



 つい先日道化師ピエロを廃業した身ではありながら、サービス精神の出し惜しみをしないぐらいには、職業病の一種を醸し出している。



 初歩中の初歩であるラッキーセブン(相手が選んだカードを当てるマジック)や、リターンカード(合図とともに山からカードが飛び出すマジック)を、かれこれ数十回は繰り返していた。



 普通は飽きるだろうにと思いながら、やる度に永渦えいかは凄い凄いと予想以上の良い反応を返してくれるので、止めるに止めれないまま時間だけが経過していっている。



 その間、ざっと15分~20分程度。



 ここで、ねねはようやく異変に気が付いた。



「そこまで没頭していた訳じゃあないし、もしかしたら単なる間違いかもしれないんだけどさ。時に水汽みずき永渦えいかさん。この電車ってさ――



「えっ。うぅん、どうだろう。えーかってばねねちゃんの手品に一生懸命だったから、同じく気が付かなかったかもしんない」



「そう……」



 二人は最後尾の車両に乗っており、自分達以外の乗客は見当たらない。



「快速急行とはいえ、本来なら数分で十三じゅうそう駅に停車した筈なんだよね。あたしも水汽みずき永渦えいかさんも両方が気が付かなかったというのは考えづらい」



 ならばやはり電車は停車していなかったのだろうか。



 そもそも、次駅に到着する手前に聞こえて来るであろう、車内アナウンスすらも無かった気がする。



 何らかの不具合アクシデントが発生したとして、何らかの呼びかけはある筈だし、それが在るべき姿ではないのだろうか。



(電車が止まる多くの要因の一つが人身事故――じゃない?)



 ねねはひたいに手を当てて考える。



「やっぱりおかしい。JRが人身事故で使えなくなったことを含めても」



「ん。んー? ねねちゃんどうしたの??」



「だってさ。ある沿線が運行停止した時って、振替輸送が発生するよね」



「ふりかけむそう?」



「要はさ、既に切符を買った人が乗ろうと思っていた列車に乗れない――何らかの理由で列車の運転が不可となった際、他の経路である別路線を利用できる制度のことだよ」



「へぇー便利だねぇ! えーか普段電車に乗らないから知らなかった!」



「今は平日の昼過ぎ。朝方の通勤や夕方の帰宅ラッシュに被っていないとはいえ、そんな前提がある中で他のお客さんが一人もいないっていうのはつまり――」




 




「嫌な予感がする。よし、行くよ。水汽みずき永渦えいかさん」



 言ってねねは立ち上がった。



「どこにいくの? 電車は止まってないんだから、まだ降りられないよ?」



「分かってる。降りたくても降りられないのは、充分に分かってるつもり。だからこそ、あたしたちは今すぐにでも確認しなきゃならない。一番前の車両――運転手の有無をね」




 そして二人は歩みを進める。



 最前列への車両へと。

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