第2話【food fight-タビマエノショウガイ-】(9)
(これは一体……?)
事は単純明快。
捕獲対象の少女――綺羅星ねねが自らに接吻をしてきた。
ねねが倒れ込むと同時に触れた唇は、柔らかでそして甘い匂いがした。
想定外の出来事が故に、彼は彼女の勢いそのままに押し倒される形となる。
初めは自らが転移させた疾患に耐え切れず、意識を失ったのかと思ったが、違う。
彼女の明白な意思をそのまま実行しているに他ならない。
結果からすれば、もはや
そして状況はさらに加速する。
あてがわれた唇の奥より――彼女の真っ赤な舌が
(!?!?!?)
理解不能だったし、意味不明だった。
一回りも年下の少女に
「む……くちゅくちゅ……ふっ……」
甘酸っぱい吐息が、べったりと密着した
(
軽い痺れにも似た
彼はけっして
動けずとも、冷静であった。
(そうか……そういうことか)
覆いかぶさり事に集中していたねねの両肩を掴み、なるべく乱暴にならぬ様、力を込めず、
「わわっ」
「まさかこんな方法があったとは、ね。あまり力を込めたつもりはありませんが、怪我はございませんか?」
起き上がらず、
「紳士的じゃん。どういう風の吹き回しかな」
「魔術はおろか、暴力的な手段を用いずに私の食事を中断させる。それが貴方の狙いだったのでしょう」
文字通り口封じという訳だ、と
「してやられましたよ。元来私は奥手なもので、お陰で対処にかなりの時間がかかってしまいました――ですが、もうその手は通じません。そろそろ止めを刺して……」
身体を起こし、
(なんだこれは……。いつもの片頭痛とは違って、脳が揺れている感覚と眩暈、それに――)
「今で、3分34秒。ようやく効いてきたみたいね」
べっと唾を吐き捨て、ねねは言う。
(それに、何故だか……今の私は全く食欲を感じていない……!)
食べる事を愛し、愛するが故に
彼は食事が出来るならば何も必要としなかったし、世界で最も食という行為に貪欲なのは己であると自負して止まなかった。
なのに、なのになのに、そんな自分が今この現在において、食欲が完膚無きに迄失せているという事実から推測されることは、即ち。
(やられた……。さっきの口づけは食事を中断させるなんてことではなく、私に一服盛る為の布石……ッ!!)
「マンガやアニメだとさぁ、
決闘当日の今日、ねねは起床と共に自宅の近くにある薬局に足を運んである数種の薬剤を処方してもらっていた。
明白な確信があった訳ではないにせよ、相手の食事という行為を封じる必要があると感じた為、ねねは投与量を無視しその他効果を倍増、ないしは即効性を引き出す為に他薬剤とをすり鉢にて混ぜ合わせ経口摂取用カプセルに閉じ込め、先程の接吻時に
「ふざけるな……こんな、こんなぐらいで私が負けるなどと……ッ!」
「
過度の摂取に因る副作用、高血圧クリーゼによって、今や
震える身体を克己の精神にて起こし、彼は指を自らの口元へ突っ込み嘔吐を図る。
「ゲェー! ゲェー! ぐっ……ゲェー!!!」
……も、えづくだけでうまくいかない。
「あはは無駄無駄。吐かれちゃわないように
いつの間にか左手に握られていた、透明なボールペンの様なものをひらひらと
「経口とは別に、血管に直注入しちゃってるし。見て見てねぇこれ、インスリン注射器。ちゅっちゅするのに夢中で、刺さった痛みは感じなかったでしょ?」
「う……ぐぅ……ウウウウウウゥッウウウウゥウウ!!!」
獣の様に唸る
医の道に精通しない一介の道化師風情には、ただでさえ皮下脂肪の厚い彼の血管へと的確に薬を流し込む
とはいえ、この一言がこの度の決闘の決着となり得る決定打になったのは確かであって。
ぐりんと白目を剥き、ぶくぶくと泡を吐きながら、ついに
「ふぅ……つ、疲れた……」
「ねねちゃんおつかー、って。おぉっあれはっ! やっつけちゃったんだね!? すごいすごいすごい!!」
後方より、
「お疲れ様
「ねぇねぇどうやってやったの? おしえておしえておーしーえーてー!!」
「ちょっウザいってば! 疲弊してるのにそのノリで身体揺するのやめてっ。吐く、吐くからマジで!!」
戯れてくる
ともあれ、二人の少女は申し込まれた決闘に対し、辛くも勝利を収める。
1対2にもかかわらず、予想外の大苦戦を強いられたそのすぐ後に――敵側もタッグを組んで強襲してくる未来など予想出来る筈も無く。
[Plus Hammer] was defeated!!
Next ▶▶▶ 【limited express panic】
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