第2話【food fight-タビマエノショウガイ-】(6)

 弁天町べんてんちょう駅より数分北西へ歩いた先にある、高架下の公園にて。



 一人の男と二人の少女が距離を置いて向き合っていた。



「逃げずに来たこと、敬意けいいを表します。まだお二人ともお若いのに、存外ぞんがい勇気をお持ちなようだ」



 開口かいこう一番、胃豆いとうはねね達にねぎらいとも挑発とも取れるような言葉をかけてきた。



「オマエモナー。オマエガナー。痛い目みるの分かってるのに、よゆーかましてられんのもこれまでだぞぅ。えーかと会ったことを後悔させてやんよ、来世に期待しな!」



「いやぁ~ぶっちゃけあたしは別にどっちでも良かったんだけどね。逃亡バックレしようものなら、この子が不機嫌になっちゃうし、しょうがないかってのが正直なところかな」



 超が付く程に好戦的な永渦えいかに対し、気だるげな雰囲気にてたたずむねね。



 彼と彼女ら以外、辺りに人の気配は無かった。



「提案した身でありながら、そもそも日本には決闘罪けっとうざいという法令があるみたいでして。あらかじめ人払いは済ましています」



 はち切れんばかりにパンパンに張ったいくつものレジ袋を両手に下げた胃豆いとうが、事も無げに説明する。



「それはそれは。お気づかいどーも」



 軽く会釈えしゃくしながら、ねねは一般人の巻き込みや通報から生じる警察機関の割り込み――第三者介入の可能性を事前に消す為だなと思案しあんする。



(それと当たり前の様に普通にしゃべっているから見落としそうになっちゃったけど、この人方言全然使ってない……っつーことは食事を済ませてきたってことなのかな)



 今の胃豆いとうの口調にはなまりが存在していない。



 加えて、彼が持つレジ袋からけて見えるが、未だ食事の途中――ないしは始まってすらいないことを、容易に想起そうきさせる。



「さて。場が整った所で、改めて確認です。此度こたびの決闘の勝敗についてですが、どちらかが戦闘不能になるか、あるいは降参するか、いずれかの条件を満たしたがわ」が敗者、ということでいかがでしょうか」



 聞き取りやすいイントネーションで、よくひびく声でもって胃豆いとうは提案を投げかけてきた。



「戦闘不能、ねぇ? 意識を失ったり、気絶したりってことなのかな」



「えぇ。その通りです。そしてこれ以上続行が不可能だと思ったならば、我慢がまんせずに“参った”と宣言していただければ、と。あぁそうそう。何度も繰り返しますが、私はあなたがたを殺すつもりはございませんので、その辺りについてもご安心ください」



「こっちはお前をブチコロすつもりでいっちゃうけどね~?」



血気けっきさかんなのはよろしいが、女子たるもの言葉遣いには多少なりとも気を付けた方が良いかと思いますよ。ではでは、御託ごたくを並べるのはこれぐらいにして、決闘開始といきましょうか」



 言って、胃豆いとうはその場にどかりと胡坐あぐらをかいて、レジ袋に手を突っ込んだ。



 瞬間、相手が何らかの武器を取り出すかと構えていたねねだったが、なんてことはない。




 彼が取り出したのはコンビニで販売されている三角形のおにぎりだった。




「……ん、えーっと?」



「聞こえませんでしたかね。もう始まってますよ。何をしても無駄でしょうが、ご自由にどうぞ」



 ビニールの包装をなめらかな手つきで剥ぎ、もしゃもしゃとおにぎりを食べながら、胃豆いとうはもはや彼女らを視界に入れていなかった。




 座り込んで、食事に没頭ぼっとうし始めていた。




「どうしよう。水汽みずき永渦えいかさん。もしかしてあたし達、侮辱ナメられてるっぽい?」



「カッチーンだよ。ビッキビキーだよ。これはもう、後悔わからせてあげなきゃだね~」



 暗闇の猫と見まがうばかりに瞳孔どうこうを見開きながら、永渦は両手に刃物を握りしめ、胃豆いとうへと駆け出していた。



 同時に、ねねもふところより取り出した2つのゴムボールを宙へと放り投げる。



 ねねの手から離れ、3メートル程上昇した後、それらは突然軌道きどうを変え、疾駆はしる永渦を追い越して、胃豆いとうの両腕へと命中した。



 事前にねねが魔力を込めていたゴムボールの威力いりょくは、時速180kmにて放たれる鉄球並みの速度と重量を有している。



 生身で受ければ骨折は必至、当たり所が悪ければ絶命をもまぬがれない初手を受けた胃豆いとうは――――。




「もぐもぐ……もぐもぐ……うん、この新商品のシャケバターマヨネーズ味、中々にイケる。私の期待値を上回るポテンシャルに脱帽だつぼうですよ。もぐもぐ……」




 至って普通だった。



 負傷をおった様子もなく、普通に食事にきょうじていた。




「は……?」



 予想外の事態に驚愕きょうがくするねねに構うことなく、一足遅れで胃豆いとうへと接近した永渦が、旋回せんかいしながら刃物を振るう。



 ――が、結果はかんばしくなかった。



「あれっ、あれっ? なんでなんで!? ねねちゃ~ん、コイツ全然刃が通らないよ~~!!」



 永渦が繰り出す刺突や斬撃の猛攻をすずしげな顔で全身に受けながら、胃豆いとうはもしゃもしゃとおにぎりを食べ続けている。



(物理攻撃が、通っていない……?)



 ねねの心中を代弁だいべんするがごとく、胃豆いとうはふと思い出したかのように視線を上げて二人の少女を見り、こう言った。



「満足しましたか? これでわかったでしょう」




 残念ながら魔術を発動させた私にはのでね、と。

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