第2話【food fight-タビマエノショウガイ-】(4)

 水汽みずき永渦えいか



 かつての故郷であったろく夜叉やしゃ村における、ねねの数少ない同世代の少女にして、魔術師。



 物心つかぬうちに母親を亡くした永渦には、二人の父親がいた。



 血の繋がった実父じっぷである、炎獄えんごく遊人ゆうじんこと水汽みずき氷汰ひょうた



 血よりも濃い縁にて繋がりを持つ、卵虫らんちゅうづかいこと脳針のうばりむしろ



 両者はいずれも11年前の儀式の際に命を落としている。



 前者は番人としての任務の最中にて、後者は守護者としての責務の半ばにて。



 双方共に、かけがえのない命を散らしている。



 故に永渦には――彼女にとっては人生における目的の大半を占めている――自身の手で殺めるべき二人のかたきが存在した。



 その内の一人である伽藍がらん端〆はじめ



 一切の消息が掴めずにいたないがしろの暴君ぼうくんの名を期せずして耳にしてしまったのだから、普段笑顔を絶やさない永渦が冷静さを欠いてしまったのは、ある意味で順当であったともいえる。



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 永渦が胃豆いとうへと飛び掛かってからぴったり30分後。



 ねねの自宅には既に胃豆いとうはおらず、残された二人の少女は就寝の準備を終えて毛布を被った所だった。



「じゃあおやすみ、また明日ね」



「うん。おやすみねねちゃん」



(事を先送りにしまったけれど、本当に良かったのかな)



 すぐ横から永渦の寝息が聞こえてくる真っ暗な寝室で目を開けたまま、ねねはそんな風に自問自答をした。



 あの時、争いには発展しなかったとはいえ、永渦が胃豆いとうに対し飛び掛かり決定的に敵対してしまったが為に、なぁなぁで済ます事はもはや叶わなくなってしまっている。



 ねね自身、胃豆いとうの上司である伽藍がらんが行おうとしている目的のみに注視したならば、魔術師から魔力を持たない一般人へと為れる片道切符は、一方で魅力的でもあった。



 その反面、イレギュラーとはいえ死んでいてもおかしくはない膜間との初衝突を経験した身としては、そう易々と相手の言うがままに従ってしまう危険性も重々理解してはいるつもりだ。



 あるなしの可能性の話は一旦置いて、ねねは今一度状況を改めて整理することにした。



 まずは自分の願望というか本音について。



 少なくとも胃豆いとうを含めあと2名以上は存在している(これもあくまで希望的観測に過ぎない、実際にはもっとたくさんいるであろう)伽藍がらんに与する魔術師達からの接点を取り払いたい。



 崇高すうこうなる目的だとか、過去に顕現けんげんしてしまった悲劇を二度と繰り返さない為にだとか、自分は知ったこっちゃないし関わりたくないので勝手にやってろでもってあたしを巻き込むな、とか切に願ってしまっている。



 対する胃豆いとうの目的、及び提案について。



 主である伽藍がらん端〆はじめかかげる野望の下に、現存する全魔術師の持つ魔力を無力化ないしは取り払いたいが為に、ねねらの命は奪わない代わりに一緒に自分と本拠地までついてきて欲しい――まずはこれが彼の目的。



 しかしながら、はらわたが煮えくり返っているであろう永渦は、胃豆いとうを含めた伽藍がらん陣営の魔術師を一人残らず見つけ出して殺害すると息巻いて聞かなかった。



「三者三様、これではらちがあきませんね。このまま話し合いを続けた所で三方吉オールグリーンの結論が出るのは難しそうです。どうでしょう。明日の正午に、私と貴方達二人とで決闘を行い、勝者が敗者の言うことに従うというのは。単純シンプル明白クリアー、とても良い方法だと思うのですが、いかがかな?」



 胃豆いとうはそんな解決方法を持ち出してきた。



(決闘ねぇ……西部劇でもあるまいし。でもなぁ。じゃんけんとか椅子取りゲームとかって意味合いじゃあ、絶対無いんだろうなぁ)



 魔術師同士の争いは、言わずもがな腕力だけでは済まない暴力性を伴う事を常としている。



(まんまと乗せられてしまった感が否めないね。この子はともかく、あの人の魔術の特性も全く分からない状況なのに。はてさてどうしたものか……)



 楽観主義を貫くつもりはさらさら無かったにせよ、刑部おさかべを尋ねる前に厄介な問題が出来上がってしまったのも事実である。



(一応最低限の準備はしてから行こう。薬局、何時から開いてるんだっけな)



 購入する商品を吟味している内に、程なくして、ねねは眠りに落ちていく。



 微睡まどろむ意識の中で見知らぬ誰かの囁く声を聴いた様な気もしたが、目覚めと共に彼女はその事象を忘れてしまっていた。

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