第2話【food fight-タビマエノショウガイ-】(3)

 半ば流れで自宅へと胃豆いとうを招き入れてしまったねねは、急須きゅうすれたお茶を彼へと差し出した。



「おお。あんがとさん。関西に来たんは初やけん、なまらこわかったっとからあずましいだべよ」



 両手で湯呑ゆのみを持ち、一気に飲み干す胃豆いとう



(んーと、慣れない土地に来たから疲れてて助かったよありがとう……って意味かな?)



 兎にも角にも鈍りというか、様々な地方の方言が混成こんせいされている彼の言葉は、読み取るのにもワンテンポ置く必要が生じていた。



 彼の口調、土台ベースは道民のそれに通じるものがあるように感じるが、節々にそれ以外の地方の弁が混ざっている様な気がする。



「どうぞお構いなく。よろしければお茶請けも持ってきましょうか」



 未だ相手の意図が分からずにいるねねは、判別するに向こうはこちらに対してあくまで話し合いをする為に来たことを感じていたので、彼女としても無用な荒事は避けるべく相手の鼻につかない程度に下手に出る。



「あいや、えぇんで。おらぁ今減量ダイエット中だもんで、気持ちだけもらっとくだよ」



 そう言って胃豆いとうは背中にしょったバックを逆さまにして、その中身をドサドサとテーブルの上に落としていく。



 こぼれ落ちる、何ダースもの果実――大量の蜜柑みかんであった。



「あぁあっ! みかんだ! ねねちゃんっ、みかんがたくさんいっぱいあるよ! おいしそうだよっ! えーかも食べたいよ!」



 一応は警戒していたからか、胃豆いとうが部屋に入ってきてからは一言もしゃべらず、いつでも対応できる様構えていた永渦えいかであったが、ここにきて大量の果物を見てついにタガが外れてしまったのであろう、興奮気味にねねへと声を張っている。



「(子供かお前は)お客様の物なんだから、勝手に取っちゃ駄目だよ水汽みずき永渦さん」



 呆れつつ永渦を制するねねを尻目に、胃豆いとうは両手を合わせて「いただきます」と呟き、皮ごと蜜柑を食べ始めていた。



 唖然あぜんとする二人の少女を放置しながら食に没頭する胃豆いとう



 不思議なことに、彼のたるみ切った容貌はテーブル上の果実が減るごとに反比例し、どこか凛々しい表情へと変わっていく。



 60個5ダース以上はあったであろう蜜柑の山がテーブルからすっかり無くなり、ふぅと一息ついた胃豆いとうは、ねねと永渦を見遣ってしゃべり始めた。



「無礼を承知でお許しいただきたい。普段の私の口調といえば、さぞや聞き取りずらく聞き苦しい其れであったでしょうから。改めてになりますが私の名は胃豆いとう殿柵でんさく、神の七本足に最も近い魔術師の一人です」



「は、はぁ……。初めまして、綺羅星きらぼしねねです」



「みずきえーかだよ! よろしくっ!」



 自己紹介に対して、自己紹介を返す二人の少女。



 永渦は何も気にしていないようであるが、反面ねねはこの異様な光景に面食らわざるを得なかった。




 先ほどまでの方言・訛りの全てが失われている。



 食事を契機に、まるで人格が切り替わったかのような、胃豆いとうの極端な変貌ぶり。




「私たち……いえ、私よりも先だって貴方へと接触した膜間まくま隈ノ輔くまのすけに関しましては、大変不快な思いをさせてしまった事を、亡き彼に代わり謝罪させてください。彼からどのような事を吹聴されたかは、立ち会わなかった私には存じ上げようが無いとはいえ、です。さしあたって、別に私たちは貴方の命を奪うつもりはないのですよ」



 つらつらと淀みのない標準語にて詫びと前置きを入れる胃豆いとう



 およ戦闘バトルに突入する要素が皆無な、暴力を介さない話し合いの場が徐々に形成されつつあった――筈なのだが。



 さながら砂上さじょう楼閣ろうかくかのように、穏やかだった雰囲気は程なくして消え去ることとなる。



 元をただせば、ねねが膜間とのやり取りをしっかりと覚えていたならば――あるいは胃豆いとうが訪問してくる直前、永渦との会話の中で頭に浮んだあの人物の名が持つ意味を、彼女がもう少しだけしかと考えていたならば。



「私の主である伽藍がらん端〆はじめ様は、とある過去に起きた惨事を、未来永劫二度と繰り返さぬよう、事を、目的としております」



「がらんはじめ……」



 ねねの隣に座っていた永渦が、ぼそりと呟いた。



「とはいえ、現存する魔術師を一人残らず虐殺に処すという訳では勿論ございません。要は各個人が持つ魔術という概念を取り払うことを――っ!」



 胃豆いとうが喋っている途中――彼女は椅子を蹴ってテーブルを飛び越え、対面の胃豆へと斬り掛かっていた。



「やめろまだ殺すなッ!!」



 ねねが叫んだことにより寸での所で止まるに至った永渦だったが、彼女の持つ得物ナイフの刃先は胃豆の喉仏のどぼとけに触れるか触れないかの位置に向けられたままである。



「……ごめん、ちこっと頭に血が上っちゃったみたい。そうだよね、まだ殺しちゃ駄目だよね」




 についてもっとちゃあんと詳しく訊いておかないとねと、永渦は冷たく言い放った。

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